
アルティーリ千葉に辿り着くまでに所属したクラブでの経験について語った前編に続いて、後編ではA千葉でのチャレンジについて語ってもらった。大塚裕土が積み上げてきた経験を、これからは未来のBリーガーへ還元していく。
「感謝の気持ちを優先して引退を決断」
──新しいチームの先頭に立つことはチャレンジングなことだったと思います。
まずは、『僕が引っ張らないといけない』というのはすごく思っていました。良い人でいることよりも、『どんなことがあってもこのチームを昇格させるために行動していこう』と決めて1年やっていきました。それでも、僕と若い選手のモチベーションや考え方にギャップがあったのは事実です。最初はそれがなぜなのか分からず、僕が行動することで気づいてくれれば良いなと思っていたのですが、上手くいかないこともたくさんありました。
僕と若い子たちではアルティーリ千葉に入ってきた経緯が違います。「このチームを作ってほしい」とオファーされて入ってきた僕みたいな選手と、『まずは自分のことをしっかりやろう』というハングリーさを持った若手とでは、シチュエーションが違うということを自分の中で整理できたことが第一歩でした。
──次のステップとしてどういったアクションを起こしたのでしょうか?
クラブやヘッドコーチが求めるものを自分が若手選手との間に入って、いち早く伝えられるようにしました。それでも上手くいかないことも多く、コロナ禍という情勢も重なって、当時の選手には強く当たっていたと思います。でも昇格戦の前に小林(大祐)選手と岡田(優介)選手以外の若手選手全員を集めて、「厳しく接していたように思うかもしれないけど、意図があって1年間やってきた。申し訳ない部分もあったけど目標を達成するために、最後はみんなの力が必要だから一緒に盛り上げてやってほしい」と話をさせてもらいました。自分は完璧な選手でもなく完璧な人間だとも思っていないので、犠牲にするところはしつつ受け入れなくてはいけないところは受け入れて、みんなに伝わるように行動してきました。
──厳しく接することは自分の行動も伴わないといけませんが、気をつけていたことはありますか?
若い選手とは特にコミュニケーションを大事にしていました。ワークアウトをともにしたり、アドバイスを送ることもありました。コーチ陣ともコミュニケーションを率先して取ることで彼らも僕がいろいろと考えて行動しているということに薄々気づいてくれたのではないでしょうか。一生懸命チームのために動いていたことが一番重要なことだったと思います。
──ゼロから始まったクラブはチームだけでなくフロントも一体になっていかないといけません。ゼネラルマネージャーや社長ともコミュニケーションをとっていましたか?
その部分はすごく大事にしていましたね。富山在籍時にチャンピオンシップに出場した時の相手が千葉ジェッツでした。その時にジェッツが作っていたホームの雰囲気や、フロントとの一体感に圧倒されましたし、『自分が現役中に優勝へ辿り着けるのか?』ということを考えさせられる出来事でした。その後に川崎からオファーをいただいて、クラブが掲げたゴールへの道筋、優勝へのプロセスを学べたことは自分の考えや選択が間違っていなかったことを裏付けする要因となって自信にも繋がっていきました。この経験を共有する作業はしていましたね。
──様々な経験を還元してご自身としてはB1の舞台に返り咲くことができました。
外国籍選手のタレント力が上がっていて、日本人選手の能力も上がっているイメージでした。個人としてはB2最後のシーズンからだんだんとプレータイムが少なくなり、今シーズンが開幕した時に一気にガクッと減りました。今までB1で戦ってきた選手が試合に出ているのに自分はなかなかコートに立てず、『自分だったらこうするのに』と考えることも増えて、結果的には悔しい気持ちで過ごしたシーズンになりました。
──大学の同期である古川孝敏選手や石井講祐選手もB1で活躍していますね。
大学の時から彼らを倒してやるという気持ちで今までやってきました。その反面、奇しくもみんな同じポジションだったので彼らのプレーを参考にさせてもらうこともあって良い関係で切磋琢磨できました。
──結果として悔しい気持ちのまま引退を決断となりました。その背景について教えてください。
アルティーリに懸ける思いはキャリアの中でもすごく大きいものだったので、まずはこのクラブ以外で今後プレーすることはないと決めていました。僕としてもBプレミアでプレーして引退するビジョンを持っていたのですが、編成担当の方と話し合いをしていく中で、レギュレーションも大幅に変わることから将来が不透明な状態が続きました。シーズンが終わった時に「今シーズンで最後です」と言われてしまった場合、プロ16年間を通じて支えてくれた人たち、応援してくれた方々に『あれが最後だったのか』という気持ちにさせてしまいます。『これが最後』ということをわかってもらった上でプレーを見てもらうのでは大きな違いになるので、その人たちへの感謝の気持ちを優先して引退を決断し、シーズン途中での発表とさせてもらいました。
──最後の試合でコートを去る時に一礼をしているのが印象的でした。どのような気持ちだったのでしょうか?
プロで16年、競技を始めて28年だったのですが、大きなケガをすることなく終えることができたという気持ちが大きかったです。ケガでキャリアが終わった選手や、苦しんでいた選手もたくさん見てきました。そこへの感謝の気持ちと、最終戦がジェッツのホームゲームだったのですが、ジェッツも西村文男選手が引退する大事なシーズンだったのにも関わらず1万人の観客の方々が最後に自分の名前を呼んで送り出してくれたことがうれしくて、感謝の気持ちを込めさせてもらいました。

「バスケットは楽しいものだということを伝えたい」
──これからはアンダーカテゴリーのコーチに就任することが決まっています。なぜアンダーカテゴリーのコーチを引き受けたのでしょうか?
自分の子どもがミニバスをやっていて試合に応援に行ったりすると様々なコーチがいらっしゃるんですよね。中には厳しい指導をされている方も見受けられるのですが、もっと楽しさを伝えないと子どもたちがバスケットを嫌いになってしまうのではないかと危機感を覚えました。バスケットは楽しいものだということを伝えたい気持ちと、黒川虎徹選手や渡邉伶音選手といった若い選手と一緒にワークアウトをして、アドバイスをした時に伸びてくれた経験もあったので、そういったスキルをなるべく早い段階から還元していきたいと考えるようになりました。
また、Bプレミアになってドラフト制度ができたことによってユースチームの制度利用が非常に大事になっていきます。5シーズン目が終わったばかりでユースに注力する体制が整っていなく、自分だったらそこのバリューを出せるんじゃないかなと思って立候補させてもらいました。
──考えているコーチングビジョンはありますか?
まずは楽しくバスケットができるということが大前提としてあります。バスケットを好きになってもらって自発的に『上手くなるためには?』ということを考えられる選手を育てたいですね。そしてゆくゆくは千葉県内でジェッツさんや実力のある強豪チームと勝負できるチームを目指したいです。
──実際にリクルートにも携わっていますか?
まだまだ、これからですね。現役時代に子どもたちの試合を見に行った時にその目線で見ていることもあったのですが、『この子は伸びたな』、『いい選手だな』という子はジェッツのU15に何人も入っていきました(笑)。
──これから本格的にユースを見ていくことになりますが、「こういった選手はぜひアルティーリに来てください!」というアピールポイントがあればこの機会にお知らせください。
ディフェンスの部分で、周りの人が見ていてもワクワクするような、みんなが連動して動いていくディフェンスをコンセプトに掲げています。ディフェンスに自信がある選手、運動量に自信がある選手、そして千葉県のトップチームを倒してやりたいと思っている選手にも、ぜひ来てもらいたいですね。個人のバリューとして、シュートを教えられることが一つの価値だと思っています。シュート精度に困っている選手はたくさんいると思うので、その部分を伸ばしたい選手にもぜひ来てほしいです。
──最後にバスケットボールプレーヤー大塚裕土を応援してくれた方にメッセージをお願いします。
新しく立ち上がったクラブが5年という短い期間で平均5000人を超えるファンやブースターを集められるクラブになったことは誇りに思いますし、シーズンを通してどのクラブにも負けない声援を送ってくれたことはチームの後押しになりました。昇格を決める試合で2度にわたって負けた悔しさを一緒に経験し、乗り越えた仲間でもありますし、一緒に成長できた5年間だと思います。本当に感謝しています。2030年には新アリーナが完成予定で、会場を満員にできるようにアルティーリ千葉の魅力を一緒に伝えていき、もっともっと盛り上げていきましょう!