鈴木裕紀

今シーズンのB3プレーオフでは、B2昇格の2枠を巡る争いが優勝争い以上に盛り上がった。岩手ビッグブルズは横浜エクセレンスとのセミファイナル第3戦で、残り4分で5点リードから逆転負け。横浜EXの選手たちがファイナル進出とともに昇格決定を祝う中、岩手のショックは計り知れなかった。それでも翌日、もう一方のセミファイナルでB2ライセンスを持たないアースフレンズ東京Zが新潟アルビレックスBBを破ったことで、3位決定戦の勝者に2枠目が与えられることに。翌週、ホームに戻っての3位決定戦で岩手は連勝。両チームとも満身創痍での死闘となったが、1年を通じて築き上げたバスケで新潟を上回った。岩手はレギュラーシーズン26試合で約6万人の観客を集め、平均入場者数は2284人を記録。この盛り上がりの中で至上命題だった昇格を果たし、鈴木裕紀ヘッドコーチは男泣きに泣いた。

「新潟と東京Zの試合は見ることができませんでした」

──まずは昇格おめでとうございます。今の気分はいかがですか?

ありがとうございます。喜び以上に安心感の方がすごく大きいですね。

──今まで金沢武士団で昇格、島根と岩手では昇格と降格の両方を経験しています。『生きるか死ぬか』のような経験ですが、回数を重ねることで慣れてくるものですか?

これは全然慣れないですね。できることなら昇格の経験は何度でもしたいですが、降格は二度と味わいたくありません(笑)。

──横浜EXとのセミファイナルでは勝てば昇格決定の第3戦で逆転負け。もう一つのセミファイナルの結果により、3位決定戦がB2昇格の最後の1枠を争う試合になりました。自分たちが負けてから新潟vs東京Zの結果が出るまでの1日は、どんな心境でしたか。

まず横浜EXに負けた時点で「自分たちの挑戦は終わった」と、私の中で気持ちはかなり落ちていました。水野(哲志)代表や(アシスタントコーチの吉田)優磨が、私にも選手にも「まだ可能性はゼロじゃない」、「絶対に気持ちを切らすな」という言葉を発して、正直そこに救われた部分はあったのですが、やはり落ち込んでいる自分がいました。新潟と東京Zの試合も見ていないんです。

次の週にチャンスがあるかもしれないと、負けた翌朝に岩手に戻る新幹線で新潟のスカウティングを始めて、そのまま事務所で「新潟はゾーンをやってくるだろうから、それに対して新しいセットを入れよう」と優磨と話したり。そこまではしていたんですが、試合は胸がドキドキしすぎて見ることができませんでした(笑)。

──岩手ブースターの願いが通じたのか、3位決定戦が昇格決定戦になりました。

喜びと表現していいのかは分からない複雑な心境でしたが、「もう一度、しかも今度はホームでチャンスが来た!」という気持ちが強く湧き上がってきました。ですが私だけモチベーションが高くても、選手たちは3連戦を終えたところで、負けを引きずっていたり、やりきった気持ちになっているかもしれないので、みんなの顔を見るまで正直不安はありました。

ですが、練習で集まると後藤翔平や門馬圭二郎が「まだチャンスはある」とチームメートに声を掛けていましたし、いつも通り早く来てシューティングする姿も見られて、みんな同じ気持ちでいてくれることがうれしかったですね。

──その時点で、もう新潟戦に勝って昇格できるという雰囲気があったのでは?

いや、3試合を戦った疲労があり、レギュラーシーズンからプレーオフまで戦って選手たちは本当に満身創痍でした。もう練習をやることがチームを強くするのではないと思ったので、スカウティングを伝えながらもコンディションをどう調整するかに重きを置きました。それでも4日間でできる準備はできたと思います。

岩手ビッグブルズ

「ブースターの方々も選手の笑顔で笑顔になれる」

──新潟との3位決定戦は2連勝でした。危なげない勝利に見えましたが……。

全く違います。新潟の方がサイズはあるので、自分たちのシュートが入るか入らないかで試合展開は大きく変わります。なのでペイントを支配させないこと、セカンドチャンスを与えないこと、自分たちがオフェンスをターンオーバーで終わらせないことは伝えましたし、選手もすごく意識してくれました。

今だから話せますが、カイリン・ギャロウェイは少しケガがあり、タッカー・ヘイモンドは体調不良で、木曜のチーム練習に参加した外国籍選手はクレイ・マウンスだけ。普段やらないポジションで5対5をやっていました。だから、やってみなければ分からない試合だったんです。岐阜と横浜EXの試合には自信を持って臨めたのですが、この新潟戦に余裕は一切ありませんでした。

──昇格を逃す絶望を一度は味わい、そこからラストチャンスを得て昇格を決めました。精神的なアップダウンがものすごく激しい1週間で、最後は涙を流す姿も見られました。

昨年の7月から今シーズンに向けた練習が始まって、ケガ人が次々に出たり、ケガ人が戻って来てもチームとして機能しない時期が続いて、選手が苦しむ姿をずっと見てきました。私はこのチームを引っ張り上げなければいけないという気持ちで、選手には寄り添いながらも高いレベルを要求してきましたし、厳しいことを言い続けてきました。だからこそ最後は笑顔で終わらせなきゃいけなかった。目標を達成して、その達成感や充実感を味わってほしいという思いでやってきました。

そうして昇格を決めて、選手たちが本当にうれしそうに笑っているのを、また涙を流しているのを見て、なんかもうこみ上げてきました。皆さんの前ではありましたが、ブースターの方々も選手の笑顔で笑顔になれると思って、そう思うと涙が止まりませんでした。

──鈴木ヘッドコーチ自身にも、大きな意義のあるシーズンになったと思います。

そうですね。やっぱり私はバスケが大好きですし、みんなで協力して作り上げていく過程が大好きなんです。だから、このメンバーで一つの目標を達成できた喜びがありますし、やっぱりコーチングが好きなんだとあらためて感じました。

──B1では新しいアリーナに1万人が集まったり、チャンピオンシップも連日盛況ですが、B3の岩手でも最後のホームゲームでは4255名が集まりました。

ベンチから見ても最高の景色でした。座席が埋まり、ほとんどの方が赤いものを着ていて、会場の一体感がすごかったです。間違いなく、チームのパフォーマンスにも良い影響を与えてもらえました。私がブルズに来たのは2年半前ですが、当初は500人ぐらいだった観客数が4000人超えですから、ものすごく良い景色を見せてもらいましたし、ブルズの可能性を感じられました。

鈴木裕紀

「何かを感じ取ってもらえるチームを作りたい」

──長いシーズンの最後に勝って昇格を決めました。その結果を抜きにして、鈴木ヘッドコーチの目標とするチームを10点満点としたら、今シーズンのビッグブルズは何点でしょうか。

最後の3カ月ぐらいは10点をあげたいです。開幕はどうにか勝てましたが、そこから練習と試合を重ねるごとに弱くなって、1月と2月はどん底で、プレーオフに出れない危機感がありました。どんなアプローチをしてもまとまらない中で、ギャロウェイとタッカーが入った3月から尻上がりにチームが良くなっていきました。そこから「今のブルズならどことやっても勝てる」と思えるようになったんです。私は勝つために必要なことを伝えるまでしかできませんが、「やってくれる選手たちの力」をすごく感じました。

──ヘッドコーチとして作りたいチーム、見せたいバスケはどんなものですか。

誰が見ても泥臭く頑張って、応援したいと感じてもらえるチームです。それはブルズだけではなく、ずっとそうでした。会場に来てくださる方々、テレビや配信で見てくださる方々が、チームの戦いぶりから何かを感じ取ってもらえる。そういうチームを作りたいです。そういう意味でも、このチームには10点満点をあげたいと思います。

──シーズンが終わって早々に続投も発表されました。これで4シーズン目を迎えます。

すごく楽しみです。ブースターの皆さんもスポンサーも、フロントも選手もみんな、来シーズンのB2への挑戦に期待してくれているのを感じます。もちろん、そこにはプレッシャーもあるのですが、2年前の降格を経験しているからこそ、しっかりと準備をして臨まなければいけないと思っています。

──来シーズンの話をするのは早すぎますが、もう決まっていることはありますか?

まず、自分たちのバスケットスタイルは変えません。ディフェンシブな全員バスケで挑戦していくのは変わりませんが、B2ではある程度の点数を取らないと勝てません。そこは2年前にも感じたことなので、バランスはしっかり調整したいです。目標としてはプレーオフでのベスト4。そこを目指してチーム作りをしていきます。