「肘を使うことは、ヨーロッパやFIBAの大会では絶対に許されない」
千葉ジェッツのジョン・パトリックヘッドコーチは、Bリーグの中でも屈指の実力を誇る名将だ。古くはJBL時代のトヨタ自動車でリーグ優勝を達成し、その後はドイツトップリーグのブンデスリーガで複数回にわたってコーチ・オブ・ザ・イヤーを受賞。そして昨シーズン、千葉Jの指揮官に就任すると、レギュラーシーズン最高勝率を記録し天皇杯を制覇した。今シーズンもすでに天皇杯、東アジアスーパーリーグの二冠を達成と、見事な実績を残している。
この欧州でも名の知れた指揮官が現在、試合後の会見で強調しているのが、Bリーグはサイズの大きい外国籍選手による肘などを使ったラフプレーが多くて危険ということ。3月27日の宇都宮ブレックスとの試合後、パトリックヘッドコーチはこう主張した。「最初から向こうがフィジカルすぎるプレーをやってきました。(アルバルク)東京の2試合に今日と、3回連続でバスケットボールというよりラグビーのような試合だった。天皇杯でも結構ありましたが、肘を使うなどバスケットの動きではないことがいっぱいありました」
そして土曜日の琉球との初戦の試合後会見でも、同様の発言をした。「たくさんの選手が試合に出られない状況で、我々は40分間、バスケットではないラグビーのような動作、ヨーロッパでは見られないプレーに対して戦い続けたことは誇りに思っています。本当に危ない場面がいっぱいありました」
まず、この2つの発言はともに会見の冒頭において、試合の総括を求められた時に語ったもので、メディアの質問によって誘導されたものではない。指揮官がそう強調するのは、次のようにBリーグは欧州と比べてラフプレーが見逃されていると感じているからだ。
「ユーローリーグやユーロカップ、ヨーロッパと比べると、Bリーグの(ラフプレーに対する)スタンダードが違います。肘を使うことは、ヨーロッパやFIBAの大会では絶対に許されない、ディスクォリファイファウルになります。エキサイトしてフィジカルにやり過ぎる選手はヨーロッパにはあまりいないです。でも日本には、そういうタイプが結構います。ウチの試合でなくとも、ビッグマンがお互いにやりあう場面を見たりもします」
パトリックヘッドコーチは「ウチの選手が危ないプレーをしたら、ちゃんとファウルを吹いてほしい」と語るなど、あくまでBリーグ全体のことを考えた上で主張している。現在のスタンダードを変えないと、選手の故障は増え、それによって試合のクォリティーも下がる。試合を見に来てくれているファンのためにも望ましい状況にならないと続ける。「ラフプレーが増加していても、笛を吹かれないことで選手たちがエキサイトしてしまう。それによって脳震盪とか、ケガが増えてしまっているところもあると思います」
意図していなくても、間違いなく対立を生んでしまった状況
世界標準のリーグとなることを掲げるBリーグにおいて、欧州で確固たる地位を築いたパトリックヘッドコーチの意見には耳を傾けるべきだろう。また、ラフプレーが減り、リーグ全体の故障者が減って、より質の高い試合を提供できることに対して、反対の声を挙げる人もいないだろう。
だが、パトリックヘッドコーチの提言には賛同するが、一方でコメントの内容には同意できない部分もある。まず、ラグビーがラフプレーを許される競技と受け止められても仕方のない言い方をしている点だ。パトリックヘッドコーチは日本語が母国語でない中でも、日本語で会見に対応している。そのため、意図しないニュアンスで相手に伝わってしまうこともあり得るだろう。ただ、一度ではなく、複数回にわたってラフプレーとラグビーを同列に扱っていると聞き取れる発言をしたのは事実だ。Bリーグ屈指のビッグクラブの指揮官が意図する、しないにかかわらず、他競技に対するネガティブ発言をしてしまったことは率直に残念な思いだ。
また、本人はラフプレーはリーグ全体の問題であり、自分たちがラフプレーをした時は、しっかりとペナルティーを与えてほしいと強調している。とはいえ、琉球、宇都宮、アルバルク東京に対して、名指しで批判していることも事実だ。この3チームはともに千葉Jより成績上位のチームであり、揃ってサイズとフィジカルを大きな武器としている。偏った見方をすれば、コンタクトに対する笛がこれまでより厳しくなれば、5アウトからのスピードが持ち味の千葉Jにとっては有利になる。こちらも本人にその意図はなくても、この時期の宇都宮、琉球戦後の積極的な発言によって、ポストシーズンに向けた審判へのアピールも含めた戦略的コメントと思われてしまっても無理はない。また、何よりも「バスケではなく、ラグビーをしている」と会見で言われたチームの選手、スタッフがどういう感情を抱くのか。挑発されていると受け取るのが自然だろう。
ヴィラン(悪役)はエンターテインメントにスパイスをもたらす。パトリックヘッドコーチにそれでも構わないという強い信念があるのなら、この姿勢を貫いてもらいたい。ただ、そうでないのなら、Bリーグをより質の高いバスケットボールにしていくためにという真摯な思い以外の部分がクロースアップされやすい今の状況は非常に不幸であり、このままシコリを残したままシーズンクライマックスを迎えるのは残念だ。