「言葉にできないくらいうれしくて、涙があふれ出てきてしまいました」
バスケットボール女子代表は、『オリンピック世界最終予選(OQT)』でスペイン、カナダ、ハンガリーという死のグループを2勝1敗で勝ち抜き、見事にパリ五輪への切符をつかんだ。開催国のハンガリーには競り負けたが、世界ランキングで日本より上のスペイン、カナダに勝利。グループリーグ敗退に終わった『ワールドカップ2022』から様々な課題をクリアし、着実に成長していることを示した。
最終戦となったカナダ戦、終盤まで続いた一進一退の激闘を制した後、恩塚亨ヘッドコーチは「もう言葉にできないくらいうれしくて、涙があふれ出てきてしまいました」と振り返る。
カナダは日本の3ポイントシュートを徹底的に潰しにきて、この日の3ポイント試投数はわずか20本に終わった。だが、それによって生まれたゴール下のスペースを的確に突いて、2点シュートを着実に決めていった。恩塚ヘッドコーチはこの攻め方を「プラン通りです」と、カナダの仕掛けも想定内だったと明かす。
「ハンガリー戦でスイッチに対するカウンターが停滞してしまいました。その停滞の要因をチームで分析し、もう一度勝ち筋を整理しました。試合前日の夕方、コーチと選手に私からプレゼンをして、選手がどう思うかを聞いて、みんなで同じページで戦おうと準備して今日のゲームに臨みました。『走り勝つシューター軍団』というコンセプトには、走り勝って中にドライブできることも入っています。3ポイントとドライブができると、相手には3ポイントを消さないといけないし、3ポイントを消そうと思ったらドライブされるというジレンマが生じます。そこを選手たちが的確にプレーできたのが素晴らしかったです」
3ポイントシュートを多く放つことはできなかったが、持ち味の機動力を全面に押し出す戦いは貫いた。その結果、カナダは終盤になって明らかにガス欠が起きていた。日本にとって大きな幸運となった、試合終盤のカナダの連続ターンオーバーの流れも「僕たちは走り勝つことをみんなで共有していました。チームで戦い抜く、やり抜いて相手を消耗させて勝つことを目指していたので、ある意味想定通りでした」と指揮官は見ている。
「やられたらやり返せばいい、どうにもならない時もあるから取られたら取り返す」
今回のOQTは、日本にとって大きな自信を得られた舞台となった。「一番の大きな収穫は勝てるところで勝てば勝てることです」と恩塚ヘッドコーチは語る。「だから、ないものを見ようとするのではなく、持っているモノで最強の戦い方をする。パリに向けてそれが一番大事だと思います。勝ち筋をちゃんと作れたし、選手たちもそれを信じてやってくれています」
この戦い方を示す象徴的なモノが、ドライブ後にオフバランスから放つレイアップが減ったことだ。恩塚ヘッドコーチはその理由を明かす。「今回の合宿を始めるにあたって代表チームの課題を掘り下げてみた時、難しいペイントショットを打ち過ぎていました。フィニッシュのスキルは当然高めていかなければいけないですが、頑張ってシュートを打ったけど外れてしまった、みたいな感じでオフェンスを終えるのは一番もったいない。それを改善しようと思いました」
また、これまでの日本は、ゴール下で懸命に守っても最終的に相手のサイズとフィジカルに屈して失点した時などに足が止まる傾向があった。しかし、今回のチームは『勝てるところで勝つ』という明確なスタイルによって、良い意味でこの点を割り切れており、それが結果としてこれまでの大会に比べて、得点を取れた要因になった。「やられたらやり返せばいい、どうにもならない時もあるから取られたら取り返す。ミスや失点を気にしたり落ち込んだりするよりも、やられたらやり返そうぜとは言っていましたので、その結果かもしれないです」
振り返れば日本は、ワールドカップ、アジアカップ、アジア競技大会と思うような結果を残せずにきた。そして戦い方や選手選考など、様々なノイズが聞こえてくる状況になっていた。だが、指揮官は「いろいろと言われることに多少は傷ついたりもしますが」と明かした上で、次のことにフォーカスしていた。
「率直な話で言うと、ワールドカップの時は、選手の力を出し切れなかったことに対してただただ申し訳なかったです。さっき実はリツ(髙田真希)にも謝りましたけど、ずっとこの思いがありました。選手たちと芯を食った話ができていた訳ではなかったです。周りがどうこうというよりは、選手が納得感を持って、熱い気持ちでできるようにすることに集中していました」
そして、選手に対するコミュニケーションの取り方も変えた。「一番の変化は、チームのスタンダードに合わない行為への対応です。ワールドカップまでは、後でその個人に向けてのみ話をしていて、他の選手たちから『あれでいいんですか?』と思われていました。リーダーの仕事はみんなにビジョン、スタンダードを示すことだと思うので、それがみんなに明確になるように学び直しました」
再び始まるメンバー選考「OQTの結果を見た上でベストな選択をするのが私の仕事」
自身に対するノイズを払拭する結果を残したことに、「見返してやった」という思いがあるのか尋ねると、指揮官は「正直言って、なくはないんですけど、ほとんどないですね」と語る。「そこと向き合うよりは目の前の選手がどうやったら力を出せるかとか、勝ち筋をひたすら考えていました。ワールドカップが終わってからここまでの1年と3カ月くらいは、人生で一番勉強しました」
もちろん今回のパリ五輪の出場権獲得は、代表に選ばれた12名のメンバーに加え、惜しくも選考に漏れたものの合宿に参加した全員の貢献によって勝ち取ったものだ。だが、その中でも2度の引退を経て4年ぶりの代表復帰を果たした吉田亜沙美は、コート内外でこれまでのチームにない安心感をもたらしてくれた。恩塚ヘッドコーチも「彼女の存在は大きいです。人を奮い立たせてくれる言葉を持っています」と語った後、「言っていいのかな、怒られちゃうかもしれない」と少し悩んだあとで彼女の知られざる振る舞いを教えてくれた。
「チーム練習の2時間以上前から、誰よりも早く体育館に来ています。みんな、その姿を知っているからこそ、彼女の言葉にはより重みがある。また、愛のある言葉をかけてくれますし、馬鹿になっても盛り上げてもくれます。彼女のおかげもあって、ハンガリー戦で負けた後も下をまったく向かず、『むしろ燃えるよね』という感じになれました。感謝しています」
日本にとって次の舞台は、言うまでもなくパリ五輪だ。OQTは3試合の短期決戦ということで、『走り勝つシューター軍団』という1つのプランで臨めたところがある。だが、五輪で目標とする金メダルを獲得するには今回の倍以上の試合を戦うことになり、戦い方も変わってくるだろう。
パリ五輪のメンバー選考について、指揮官は「今回のチームは、オリンピックの切符を取るために、どのメンバーで戦うのがいいのかを考え抜いた結果です。(パリでは)OQTの結果を見た上でベストな選択をするのが私の仕事だと思っています。勝つために何ができるのか考えるのが私の使命です」
OQTで日本代表は、これまでにない大きな進化を遂げた。それは恩塚ヘッドコーチのハードワークがもたらした成果であることは間違いない。