男子日本代表

文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦、古後登志夫

『世界との差』を痛感した2016年夏からのスタート

2016年7月、バスケットボール男子日本代表はリオ五輪出場の最後の切符を争う世界最終予選に挑むも、ラトビアとチェコに完敗を喫した。長谷川健志ヘッドコーチが指揮を執り、代表に戻った田臥勇太がキャプテンを務め、渡邊雄太が最年少でチームに加わっていた。あの時点でのベストメンバーを揃え、入念な準備を整えて挑んだ大会だったが、『世界との差』を痛感させられる結果に終わった。

2カ月後のBリーグ開幕を待たず、帰国直後に日本代表はメンバーを入れ替えてウィリアム・ジョーンズカップに参戦している。世界最終予選の代表メンバーに最後の最後で落選した篠山竜青がキャプテンを任され、富樫勇樹もチームに加わった。この2人はBリーグでの活躍もあり、日本代表のポイントガードとして定着していくことになる。

日本代表に大きな変革がもたらされたのはこの後だ。2016年秋に長谷川が退任し、ルカ・パヴィチェヴィッチをテクニカルアドバイザーとして迎えたのが変革の第一歩。それでも、経験豊富な外国人コーチを招くのと同時に、強化の体制そのものが見直された。

長谷川の最大の悩みは、代表チームを作り上げる期間の短さ。リーグでは外国籍選手が主体のバスケットをしている選手を集め、代表として始動した時点からチームを作り直すため、完成度が上がらないまま『本番』である国際大会を迎える。「日本がアジアでベスト4になれたのは、何度も合宿を繰り返し、海外遠征を積み、ようやく一つのチームになれたから。日本に勝てというのであれば、強化の時間をもっと割くべきです」と長谷川は訴えていた。

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選手の底上げ、新戦力発掘という地道な努力

『やるべきことはすべてやって臨んだ』世界最終予選で完敗を喫したことで、代表チームの強化体制は抜本的に見直され、リーグ戦の合間に代表合宿を定期的に行うのが当たり前になった。代表選手はリーグ戦が終わるとすぐに都内のトレーニングセンターに集まり、2日ないし3日間の合宿を行っては自分たちのチームに戻る過密日程をこなし続けた。

これはBリーグの全面バックアップがあってこそ実現したものだが、単発に終わらず継続できたことが特筆に値する。各チームのエース級がほとんど休むことなく練習と試合を繰り返すのだから疲労の蓄積は当然。選手たちは身体的、精神的にキツかっただろうが、どの選手に聞いても一様に返ってきたのが、「これをやらなければ世界とは戦えない」という覚悟と「確実にレベルアップしている」という手応えだった。

代表での役割を終えた後にアルバルク東京のヘッドコーチとなり、昨シーズンのBリーグを制したルカ・パヴィチェヴィッチは、選手の底上げに尽力した。ディフェンスの激しさを継続すること、オフェンスでピック&ロールを軸とした多様性をもたらすこと、フィジカルの強化、の3つを重点に掲げ、重点強化選手として68名をリストアップ。そこから選手たちを次々に招集しては強化合宿を繰り返した。最終的に12人に絞り込むことを考えれば人数は多すぎるが、トップ選手を強化するだけでなく、それに続く選手の底上げにも手を抜かなかった。一度しか合宿に呼ばれない選手も少なくなかったが、ナショナルトレーニングセンターに来て、代表のウェアを着て、ルカの指導を受ける経験は他では得られないもの。Bリーグがスタートして注目度が上がったことも刺激となり、選手たちの意識は大きく変わっていった。

また、新たな戦力の発掘にも全力が注がれた。ルカは筑波大に所属していた馬場雄大に『次世代のエース』として目を付け、月1回の合宿に呼ぶだけでなく、ずっと手元に置いて徹底した身体作りとワークアウトを行い、現在の主力選手へと育て上げている。

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万全の準備を整えたはずの予選で4連敗スタート

2017年春には日本代表の正式なヘッドコーチとしてフリオ・ラマスの就任が発表される。ロンドン五輪でアルゼンチン代表を率いて4位の成績を残したラマスは、就任決定後にサン・ロレンソでアルゼンチンリーグ優勝を果たし、日本へとやって来た。

ルカの役割は『育成』だったが、ラマスの仕事は『結果』を出すこと。選手を集め、団結力を高めて良い雰囲気を作り、強い気持ちを持ったチームとして目標に向かうように導く。就任後すぐのアジアカップは早期敗退と厳しい現実を見せ付けられたが、ここでの4試合で出た課題を修正することで日本代表はさらなるレベルアップを図った。

2017年11月にワールドカップ予選がスタートする。日本代表にとってこの予選は、2019年夏のアジアカップ出場権を得るだけでなく、予選を通じてレベルアップし、その成長ぶりを示すことで、東京オリンピックの開催国枠獲得に繋げるもの。そのために過去にはない力を注いできた。しかし、万全の準備を整えたはずのワールドカップ予選で、スタートから4連敗。特に初戦、ホームでのフィリピン戦で終盤に失速しての敗戦は痛かった。格上のオーストラリア相手にアウェーで大敗したのは仕方ないとしても、他は接戦を演じながら勝ちきることができない試合が続いた。

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世界レベルの選手が加わり『勝ちきるチーム』へ

スコアの差はわずかでも、そこで勝ちきるチームと負けるチームには大きな差がある。2018年6月のWindow3でその差を埋めたのは八村塁とニック・ファジーカスだった。今はゴンザガ大のエースとして、またNBAドラフトの有力候補として全米の注目を集める八村だが、1年生の頃はなかなかプレータイムをもらえない状況に置かれ、2017年夏のU19ワールドカップでの大活躍が彼にとってブレイクスルーのきっかけになっていた。ファジーカスはNBL時代から長らく『リーグ最強外国籍選手』であり、帰化申請が認められたことですぐさま日本代表入りを果たした。

2018年6月29日のオーストラリア戦、オフェンスの軸となったファジーカスが25得点、八村が24得点を挙げて、日本代表は歴史的な1勝を挙げた。ワールドカップ予選10試合を消化して、オーストラリアが負けたのはこの一度きり。他の9試合は平均30点以上のリードをつけて勝ち続けている『世界の強豪』を撃破したことは、日本代表を新たな段階へと引き上げた。

もっとも、八村とファジーカスだけの力で勝てたわけではない。2人は個人技で相手守備を切り崩したが、彼らを警戒することで生まれたスペースを比江島慎や馬場、竹内譲次が巧みに突き、活発なボールムーブから5人が絡むオフェンスを展開。多くの選手がゴール下まで果敢に攻め込んだことで、八村とファジーカスがまた攻めやすくなる好循環を生んだ。続くアウェーのチャイニーズ・タイペイ戦、『覚醒』を遂げた日本代表に隙はなく、試合開始5分半で20-4と圧倒すると、その後も大量リードを保ち続け、最終スコア108-68と完勝。0勝4敗の『崖っぷち』から逆転で1次予選突破を決めた。

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『日本一丸』で世界に打って出る実力の証明を

2次予選最初のWindow4はファジーカスが足首を手術した影響で不在となったが、八村に加えて渡邊雄太が久々の代表復帰。アウェーのカザフスタン戦では立ち上がりこそ勢いのある相手に受けに回ったものの、グリズリーズとの2ウェイ契約を決めていた渡邊が『格の違い』の個人技で流れを呼び込み、八村がたたみ掛ける。またルカの下でBリーグを制したA東京の田中大貴、馬場、竹内が攻守を支え、最終スコア85-70で勝ち切った。

その4日後、帰国して迎えたホームのイラン戦は、Window3のオーストラリア戦に次ぐワールドカップ予選のハイライト。序盤からイランの3ポイントシュートが当たってビハインドを背負い、渡邊も八村も徹底マークを受けたが、焦ることなくチームバスケットを徹底。渡邊が相手のシューターを押さえることでイランの勢いを止めると、ディフェンスからのトランジションが出始めて一気に逆転。終わってみれば70-56の完勝だった。

ここに来て日本のスタイルが確立。2018年11月30日のカタール、12月3日のカザフスタンとのホーム2連戦を『国内組』のチームで危なげなく乗り切り、通算成績を6勝4敗とした。

FIBAバスケットボールワールドカップ2019 アジア地区 2次予選 Window6応援ページ

0勝4敗でオーストラリアに挑む時点で、日本を代表して篠山竜青が「決意の一筆」を発表している。選手たちの意見をまとめて、この言葉を選んだと篠山が説明する『日本一丸』には、「試合に出ている5人だけでなくベンチに座ってるメンバー、スタッフ。それに限らず日本のバスケットボール界が一つになって戦えるように」との願いが込められている。『日本一丸』を掲げたチームはオーストラリアを撃破して勢いに乗り、世界への扉をこじ開けようとしている。

2019年2月に迎えるワールドカップ予選最後のWindow6。イラン、カタールとのアウェーゲームに油断は禁物だが、日本代表がここまで積み上げてきたものを過小評価する必要はない。渡邊雄太と八村塁、NBAとNCAAを主戦場とする2人は不在となるが、6連勝の間もこの2人に依存するチームではなかった。アジアを勝ち抜き、世界に打って出るだけの準備は万端のはず。それを証明するラスト2試合となる。