スパーズ

ビクター・ウェンバニャマ、逆転劇を演出する大仕事

試合開始から47分58秒、スパーズは一度もリードを奪っていなかった。ビクター・ウェンバニャマという注目のルーキーはいるにせよ、経験の浅いチームは優勝候補のサンズに勝てるはずがないと思われていた。82-95で迎えた最終クォーター、スパーズはシュートが当たり始めて追い上げるものの、残り1分で109-114。サンズが余裕を持って逃げ切るはずだった。

ところが、勝負は土壇場になって思わぬ方向へと展開する。残り1分を切ってウェンバニャマのミドルジャンパーでスパーズが1ポゼッション差に。残り22秒でデビン・バッセルの3ポイントシュートは外れたが、その瞬間のゴール下にサンズの選手は誰もいなかった。ウェンバニャマが飛び込んだ一方で、サンズはケビン・デュラントとジョシュ・オコーギーの2人がいずれももボールウォッチャーとなり、ウェンバニャマのイージーダンクを許す。残り7秒、動揺したままプレーを再開したことが、さらなる混乱を招く。リスタートのボールを受けたデュラントが3人に囲まれてスティールを許し、ケルドン・ジョンソンに逆転のシュートを決られたのだ。

勝負どころで誰もボックスアウトに行かないだけでも大失態なのに、オコーギーのパスはあまりにも不用意すぎたし、ボールを奪われたデュラントはファウルをアピールしたが、無駄な抗議でしかなかった。そしてヘッドコーチのフランク・ボーゲルは一連の醜態をただ眺めているだけだった。

奇跡の逆転勝利に、いつもは冷静なスパーズの指揮官、グレッグ・ポポビッチも感情を抑えられなかった。それは「これほど素晴らしいことはない。まさにパウンディング・ザ・ロックだったのだから」という言葉に集約されている。これは『岩を叩き続ける』という意味のポポビッチのスローガン、スパーズが体現すべき姿。サンズ優勢の試合でスパーズの選手たちが『岩を叩き続ける』姿勢を貫いたことが、奇跡的な勝利を呼び込んだ。「ミスは山ほどあったが──」とポポビッチはいつものシニカルな態度を取り戻しつつも、「私はこれを望んでいたんだ。選手たちを誇りに思うよ」と続けた。

何があろうが『岩を叩き続ける』。ポポビッチがチームに求めるのは愚直な努力であっても、そのアプローチは実に多彩だ。パワーフォワードのジェレミー・ソーハンを先発ポイントガードに据えてはいるが、本職のポイントガードであるトレ・ジョーンズがプレーメークをする時にはスモールラインナップを敷く。最後に目立ったのはウェンバニャマの活躍であっても、そこに至るまでの第4クォーターの反撃は、トレ・ジョーンズを司令塔に置いてのバッセル、ケルドン、ソーハン、ザック・コリンズというスモールラインナップがサンズのリズムを狂わせたことで生まれた。

クラッチスティールから逆転のシュートを決めたケルドン・ジョンソンは「時間がなかったからファウル覚悟で、ギリギリを狙ってボールを奪いに行った。リスクはあったけど、何かを起こすための時間はもうほとんどなかったから」と振り返る。

ウェンバニャマは18得点8リバウンド1アシスト4ブロックを記録。それでもターンオーバーは5つを記録し、特に前半はリズムに乗れずに苦戦ばかりが目立った。すべてが順風満帆ではないが、指揮官ポポビッチは「彼はNBAを学んでいるところだ。決して努力をやめないし、よいスピードで学んでいるよ」と、ウェンバニャマの姿勢に満足している。

むしろ、ウェンバニャマが何でもかんでもやるのではなく、あくまでチームとして挑戦し、試合ごとに成長しているのが、今のスパーズのポジティブな面だ。バッセルはエースの責任感を背負い、ケルドンもそれに続こうとしている。ソーハンは不慣れなポイントガードを精力的にこなし、トレ・ジョーンズはベンチスタートに回ってもむしろ存在感を強めている。

100回叩いて割れない岩でも、101回目で割れるかもしれない。スパーズが割ろうとしている岩は、このサンズ戦に勝つことではなくNBAで成功を収めることだ。何かが起こるまで、彼らは愚直にハンマーを振り下ろし続ける。