タイラー・ヒーロー

リラード獲得の代償として名前が挙がるも……

NBAでは誰であっても自分に対する疑念と戦わなければいけない。レブロン・ジェームズもジェームズ・ハーデンもカワイ・レナードも、王朝を築いたウォリアーズの面々でさえも、「もう終わりでは?」と疑いの目を向けられ、それを結果ではねのけることでNBAで生き残ることができる。そう考えると、NBAキャリアがまだ4年しかない23歳のタイラー・ヒーローが常に自分を証明しなければならないのは当然だ。

ただ、彼はいつも厳しい状況に置かれている。2019-20シーズンに颯爽とデビューを果たし、NBAファイナルまで勝ち進むチームで主力を務めた。2年目からはプレーメーカーとしての成長を見せ、3年目にはシックスマン賞を受賞。4年目の昨シーズンは先発ポイントガードに初めて定着し、キャリアベストのシーズンを送った。

しかし、プレーオフ初戦で手首を骨折し、そのままシーズン終了。ヒートは第8シードからNBAファイナルまで駆け上がったが、ヒーロー抜きでの躍進はファンや関係者の中にヒーロー不要論を生んだ。代役を務めたゲイブ・ビンセントのようにディフェンスでハードワークを惜しまないガードがいれば、攻撃の才能は他の選手で補えるのではないか──。その疑念は、デイミアン・リラードを獲得できるという可能性の中で、いつしか定説となった。ヒーローはコート上で何の失敗も犯していない。むしろベストシーズンを過ごしたにもかかわらず、ヒートの余剰戦力となった。

結局、リラード獲得は実現しなかった。ライバルのバックスがリラードを、セルティックスがドリュー・ホリデーを獲得した一方で、ヒートはヒーローこそ残留したものの、ビンセントとマックス・ストゥルースを失い、その穴を埋める補強がないままシーズンに乗り出す。

ヒーローはヒートで5度目の開幕をどんな心境で迎えるのだろうか。怒っているかもしれない。鬱屈としているかもしれない。しかし、ヒーローは何事もなかったように落ち着いた表情で、ただ静かにこう話す。「過去にあったどのトレードの噂よりも信憑性があるように思えた。でも、それもNBAのビジネスだ。僕のキャリアの時点では、大事なのは自分が必要とされる場所でプレーすることだと考えていた」

ヒーローは静かな笑みを浮かべ、「僕がここで必要とされていないとは思わないよ」と言う。「偉大な選手が市場に出ていれば、何が起きてもおかしくないってだけさ」

モチベーションを保つのが難しい数カ月だっただろうが、ヒーローはいつものオフと変わらずに早朝からワークアウトに励んだ。周囲の雑音は大きかっただろうが、彼はそれに惑わされることなく自分のやるべきことを遂行した。

ジミー・バトラーは冗談としか思えないヘアスタイルでチームに合流したが、ヒーローの話題になると真面目な表情でこう語った。「タイラーは謙虚であり続け、いつものように練習に励んだ。素晴らしいよ。しっかりと準備を整えてコートに出て、得点を決めて試合に勝つ。そうやって自分がいるんだぞと僕らにアピールするのは大歓迎さ」