吉井裕鷹

「試合に出る時は、自分が起爆剤になる思いです」

FIBAワールドカップ2023で熱戦を繰り広げている男子日本代表はオーストラリア、ドイツ、フィンランドと難敵揃いのグループリーグで上位2チームに入れなかったが、フィンランドから歴史的な勝利を達成。大きな1勝をつかんで臨んだ順位決定戦の初戦でベネズエラ代表に86-77で勝利し、アジア1位でのパリ五輪まであと1勝に迫っている。

今大会の日本代表は、大黒柱の渡邊雄太、ゴール下の番人として君臨するジョシュ・ホーキンソン、遂に覚醒した比江島慎、抜群のクイックネスで世界を魅了する河村勇輝といった面々がより注目されている。もちろん彼らは多くのスポットライトを浴びるのに相応しい活躍をしている。ただ、日本は個々の才能に依存するのではなく、チーム一丸となって戦い抜くのがアイデンティティーだ。スタッツには残らないが、味方を生かすための泥臭い仕事をやり抜く選手たちの尽力も忘れてはならない。

そして、文字通り身を粉にし、激しいフィジカルコンタクトを続ける吉井裕鷹は、主力選手の爆発を支える縁の下の力持ちとして欠かせない存在になっている。ベネズエラ戦でも3番、4番ポジションの控えとして14分33秒の出場で4得点3リバウンドを記録。普段から控えめな発言に終始する吉井は今回もこのように謙遜するが、彼の攻守に渡るハッスルプレーは間違いなくチームに活力を与えていた。「試合に出る時は自分が起爆剤になる思いです。僕ができる部分は本当に少ないですけど、やってやろうという気持ちです。良い雰囲気で逆転できたので良かったです」

吉井は、「ベネズエラは3ポイントを打つためのオフェンスが構築されていて、ローテーションでうまくカバーし切れずに止めづらかったです。苦しい時間が長かったと思います」と、相手の連携の取れた質の高いチームオフェンスに、日本のリズムが作れずにいたと振り返る。

この停滞したムードを変えるきっかけは、トム・ホーバスヘッドコーチによるハーフタイムでの叱咤だったと明かす。「ハーフタイムは激を飛ばされました。『こんなのうちのバスケットじゃない』って言ってもらうことで気合いが入りました。怒られて気持ちが下がることはなく、激を入れてもらって士気が上がりました」

この勝利で日本代表は、明日のカーボベルデ戦に勝利すれば他チームの結果に関係なくパリ五輪出場が決まる。「今日の前半みたいなバスケットをしないように、チーム一丸となり、もっと突き詰めてやっていけるように頑張っていきたいです」

こう新たな歴史を樹立するために大一番へ意気込む吉井は、「ディフェンスリバウンドでのボックスアウトなど細かい部分を一つひとつ積み上げていければ勝利に繋がっていきます」と、自身のやるべき仕事について語る。

吉井は今大会を通して自分よりサイズがあり、フィジカルの強い世界のフォワード相手に一歩も引かずに肉弾戦を繰り広げている。中1日の過密日程で、このハードワークをこなし続けるのは心身ともにタフだが、吉井は弱音を全く吐かない。「それは自分の仕事なので大変とか、大変じゃないとかそういう問題ではないです。バスケットだけに限らず、与えられた仕事を真っ当するのが自分の役割という感覚です」

明日の試合で吉井のプレーがハイライトで登場したり、大きく取り上げられることはないかもしれない。それも、日本代表の縁の下の力持ちである彼の自己犠牲があってこそ、3ポイントシュートの爆発やトランジションからの連続得点などの試合の見せ場が作り出されるのだ。