磯野志歩

アメリカ女子大学バスケ界のトップシーンに、新たな日本人選手が誕生する。磯野志歩。福岡大学附属若葉高校でプレーしたポイントガードは、卒業後の活路をアメリカに求め、2つの短大を渡り歩いた3年目の今年、ついに目標としていたNCAA(全米体育協会)1部へのトランスファー(編入)が実現。9月よりサザンユタ大学に入学する磯野に、高校卒業後の歩みや今後の展望について聞いた。

カンファレンス史上最多アシストを記録し、オールアメリカンにも選出

──まずは自己紹介をお願いします。

磯野志歩です。2年制のウェスタンネブラスカコミュニティカレッジを卒業し、9月からNCAAディビジョン1のサザンユタ大に進学予定です。チームには7月のオーストラリア遠征から合流予定で、8〜9月は練習、10月から試合が入ってくるという感じです。

──アメリカに行きたいと思ったきっかけを教えてください。

自分のことを誰も知らないところでバスケがしたかったからです。もちろんD1でプレーしたいという気持ちはありましたが、自分は高校時代まで他人の目を気にしながらバスケをしていたので、正直に言うと日本の大学では楽しくバスケができないと思ったし、部員数が多い大学では埋もれてしまうだろうなと。親に「コートに立ちたい。行けるならアメリカに行きたい」と相談したら、「いいよ」と言ってくれたのですぐに留学を決めました。

──渡米までにはどのような準備をされましたか?

バスケ留学のことはまったくわからなかったので、専門のエージェントを使いました。本当は4年制の大学に進学したかったんですが、コロナ禍もあって難しく、NWACというカンファレンスに所属するタコマ・コミュニティカレッジに、奨学金なしで進学しました。

──留学後はどんなことに苦労しましたか?

1年目は言葉も含めて本当に何も分からない状態でしたね。チームメートも最初は自分のことを『アジア人』としか見てなくて「こいつ、誰?」みたいな感じだったんですけど、ピックアップゲームでシュートが当たって、自分のバスケができたら認めてくれました。練習であと何往復走るかも分からないような時も、チームメートに助けてもらいましたし、コーチもサポートしてくれて。すごく良い環境でした。

──ウェスタンネブラスカコミュニティカレッジにトランスファーするまでの経緯を教えてください。

2年目はNCAAのディビジョン1に行きたいと思っていたので、いろんなところにメールを送っていたんですが、その中でNCAAの大学にトランスファーするには短大で必要な単位数を取得していないといけないということを知りました。なので、単位を取得しつつもっとNCAAに近い位置にいるチームに行くために、短大で一番大きなカンファレンスのNJCAAディビジョン1所属チームのコーチにハイライトのメールを毎日送って、最初に電話がかかってきたのがウェスタンネブラスカコミュニティカレッジでした。ウェスタンネブラスカコミュニティカレッジは前年のNJCAAトーナメントでファイナル4に進んでいて、練習環境もコーチもとても良かったので、即決で「行かせていただきたい」と伝えました。

──このチームでどのような実績を残されましたか?

チームとしての成績は悪かったですが、個人としてはカンファレンス創設49年間でトップのアシスト数を記録し、カンファレンスのオールアメリカンチームに選んでいただきました。また、1年目のチームではチャンピオンシップいわゆる全米大会に出場しました。結果はベスト16で終わりました。個人としては2021-2022 NWAC All-Region Honor, West region 1st team、All-Defensive teamに選ばれました。全国は出ていませんが、全米大会に出場することができた時はうれしかったです。最高の舞台でした。

磯野志歩

D1所属の約380チームに自作のハイライト動画をメール

──サザンユタ大への進学も、ご自身がコーチに送ったメールがきっかけになったそうですね。

はい。ウェスタンネブラスカのヘッドコーチはまだ20代ということもあってD1にツテがなく、D2、NAIAなど自分が目指していないチームにしか連絡を取ってくれなかったので。3月から5月までの間に自分でハイライト動画を作成し、D1のほとんど、380校くらいにメールを送りました。メールの文面も同じものを使い回さず、そのチームの好きなところとか、試合を見ていて感じたことなど一つひとつ違うことを書いたので大変でした。

──そこから実際に何チームくらいから返事がありましたか?

2〜30チームくらいから返信がありましたが、「獲得したい」でなく「興味がある」というものが多くて、実際にコーチと話ができたのは15チームくらいだったと思います。サザンユタ大からは金曜日にメールが返ってきて、土曜日にオファーをもらいました。その後に強豪が多いビッグ10カンファレンスのウィスコンシン大からも連絡をもらったんですが、サザンユタとコミットしていたのでお断りしました。

——現在、NCAAディビジョン1でプレーする日本人選手はいますか?

女子は卒業されましたが今野紀花さん、他にも鈴木妃乃さん、志田萌さん。男子は菅野ブルース(ステットソン大)や山﨑一渉(ラドフォード大)、須藤タイレル拓さん、NBAアカデミーにいたジェイコブ晶さんなど6人くらい。女子はたぶん自分1人だと思います。

──成績が悪いと試合に出れないなど、特有のルールはありますか?

たぶん、GPA(Grade Point Average=成績評価を数値化したもの)が2.0以下だと試合に出場できないと思います。勉強についていくのは大変だと思いますが、提出物や宿題を出したり、ちゃんとクラスに出席しさえすればそんなに悪い成績は取らないんじゃないかと思います。

──2年のアメリカ生活を経て、英語の上達具合はいかがですか?

高校時代まで英語は好きではありませんでしたが頑張りました。ペラペラでまではいかないけれど、コミュニケーションをとる分には問題ないレベルだと思います。

──サザンユタ大での目標は?

この1年間の目標は、マーチ・マッドネス(NCAAトーナメント)に出場することです。サザンユタ大は昨シーズンもカンファレンスで優勝して、NCAAトーナメントに出ているんですが、去年までメインでプレーしていたポイントガードが抜けるので、コーチから「あなたがポイントガードだよ」と言われています。チームを勝たせるのはもちろん、自分のスタッツも伸ばしたいですね。さらに4年生のシーズンのことはまだ考えていませんが、とりあえずはこのシーズンで行けるところまで行きたいです。

磯野志歩

「アメリカに来て、高校時代に悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなった」

——福大若葉時代は一度も全国大会に出られませんでした。当時の悔しさは現在の糧になっていると感じますか?

そうですね。正直に言うと、高校3年間はただただ辛かったです。自分は中学まで全国大会に出たことがない無名で、それでも高校で全国に行きたいと思って若葉に進学したんですけど、試合には出られないし、全国にも行けなかったし、コロナ禍もあったし……きつかったですね。何をしていたんだろうという感じです。しかし、高校3年間が無ければ今の自分はいないと思います。中学の時の監督の篠原重治先生、高校の時の監督の池田憲二先生にはとても感謝していますし、今でも応援してくださるので、とても糧になっています。

——つらかった高校時代を乗り越えて、今は楽しくバスケができていますか?

アメリカに来て、無名のアジア人でも良いプレーをすれば認めてもらえるし、良いバスケをすると試合に出してもらえることが分かりました。「勝たないといけない」という責任も出てきました。人間関係も意外とさっぱりしていて、人の目も気にならなくなりました。日本を出たらとりあえず世界が変わりましたね。周りの見方も、人との付き合い方も。こっちに来て、高校時代に悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなったので、すごくありがたいです。

——環境は人を変えると思いますか?

変えると思います。ネガティブな子が周りにいたら自分もネガティブになるし、バスケが嫌いな子がいたら続けていいかが分からなくなるし、バスケが嫌いな子がいてもモチベーションにはなりません。自分はアメリカでバスケが大好きな子たちに囲まれているからバスケがもっと好きになっているし、成長しているんだと思います。毎日バスケバスケ。すんごく楽しいです。

──海外にチャレンジしたいと考えている選手にはどのようなアドバイスをしますか?

日本人って、アメリカで結構好かれるんですよ。たぶん、体育館のゴミを拾うとか、床が濡れていたら拭くとか、日本では小さい頃から当たり前にやっていることをアメリカ人があまりしないからだと思うんですけど。アメリカではモップ掛けなどや練習前の準備はコーチがするものなんです。コーチや友人から「日本人の性格っていいよね」と結構言われるので、日本人ならではの気遣いとか人との付き合い方って大事だと思います。

──人との関係性は大事にしていますか?

はい。とても大切にしていることの一つです。私の両親は自分がやることを一切否定したことがありません。ただ、小さい頃から言われていたことがあり、「人とのつながりを大事にしなさい」「感謝を忘れないように」ということは唯一言い続けていました。だからずっと今まで大切にしていますし、これからも大切にしていきたいです。

──その考え方に国境はありませんか?

ないと思います。今までどおり普通に接していれば周りが好いてくれるし、自分が相手を大切にすれば相手も自分を大切にしてくれます。

──将来の夢を教えてください。

WNBA、日本代表です。チャンスがあれば海外でもプレーしたいし、日本を背負って戦ってみたいという気持ちもあります。今の自分はまだまだなので、とにかく目指せるところまで目指していきたいです。そして、チャレンジ精神を忘れず、人としてもプレーヤーとしても尊敬される存在になりたいです。

──悩んでいる学生たちにメッセージをお願いします。

今悩んでいることがちっぽけに思える時が来ます。困難があっても自分の信念を持って、自分が進みたい道を、そして自分にしか進めない道を自分らしく歩んでほしいです。

──最後に、読者にメッセージをお願いします。

March Madnessに出ます!チームをそこに導けるようなポイントガードになって、得意なアシストを生かしながら得点も取りに行くので、とにかく自分の全部を見ていてください。応援よろしくお願い致します!