多彩な形でピック&ロールを始め、多彩なフィニッシュへと転じる
ジョン・ストックトンとカール・マローンによるピック&ロールは『バスケットの教科書』と言うべき芸術品で、長い月日を経てもお手本にすべきプレーであり続けています。パワーフォワードのマローンがスクリーンをかけ、ポイントガードであるストックトンはディフェンスのポジショニングを見てドライブ、パス、ジャンプシュートを使い分けました。ストックトンのバスケIQ、ディフェンスの背後を取ってリングにダイブすることもあれば正確無比なジャンプシュートを決めることもできるマローンの決定力、2人の阿吽の呼吸によるピック&ロールは止めることのできないプレーでした。
今シーズンのセブンティシクサーズでは、ジェームズ・ハーデンとジョエル・エンビードが見事なコンビプレーを発揮しました。ストックトンとマローンのコンビに比べればコンビを組んで1年半の彼らは阿吽の呼吸とまでは言えないものの、得点王のエンビードの決定力とアシスト王のハーデンのパス能力が噛み合い、またエンビードがこれまでになく精力的にスクリーンをかけるようになったことで、現代版のストックトン&マローンになりました。
シクサーズのコンビは『バスケットの教科書』に載っているピック&ロールのお手本のようなプレーです。ただ、この教科書そのものが時代に合わせて常に書き変えられるのがバスケの面白いところ。ステフィン・カリーに代表されるシュート能力の高いハンドラーが増えるとともに、ピック&ロールの主たる目的はスクリーンを使ってハンドラーのエースに得点を取らせることへと変化しました。スクリーンをかけたロールマンはリングにダイブするか、ポップして3ポイントシュートを狙い、ハンドラーのためのスペーシングが重要となり、マローンやエンビードのような得点力を求められないケースも増えています。
そして今シーズンは、その教科書に新たなページが加わろうとしています。ピック&ロールの新たな章の書き手はナゲッツのジャマール・マレーとニコラ・ヨキッチです。
決定力の高いヨキッチがスクリーンからロールマンとしてパスを受けフィニッシュする従来通りのピック&ロールはもちろん、逆にマレーがスクリーンをかけ、そこからポップしてシューターになり、ヨキッチにドライブさせることもあります。お互いにハンドラーでもありスクリーナーでもあるマレーとヨキッチは、ポジションレスの現代バスケにおいても一歩先を行く『非常識』なコンビです。
互いの役割が入れ替わるピック&ロールの前段階、コンビプレーをセットするところから彼らは『非常識』です。ボールをキープするハンドラーにスクリーナーが向かう一般的な形はもちろん、トップでボールを持ったヨキッチに対して、マレーがオフボールムーブで動き回り、パスを受け取った瞬間から急に仕掛ける形もあります。ピック&ロールの形からギブ&ゴーに切り替わることもあれば、スクリーナーの動きにディフェンスの注意が向かえばディープスリーを射貫いてもきます。
多彩な形でピック&ロールを始め、多彩なフィニッシュへと転じる。バリエーションがあまりに豊かなマレーとヨキッチのコンビプレーは、『止められない』以上に『予想できない』ことが最大の特徴です。
ヨキッチのオールラウンドな能力は言うまでもありませんが、マレーも単にシュートの上手いガードではなく、オフボールで動き回ってディフェンスをかき回したかと思えば、スクリーナーとしてヨキッチを助け、時にはそのままポストアップして見事なポストムーブでフィニッシュするなど、ポイントガードの枠組みに収まらないオールラウンドな能力を持っています。センターながらガード並みのスキルを持つヨキッチの能力は2度のシーズンMVPで広く知られるようになりましたが、マレーもまたガードながらセンターのスキルをこのプレーオフで披露しています。
ナゲッツは西カンファレンスを早々に制し、東カンファレンスの決着を待っています。あまりにも難易度が高いために誰も真似できない気もしてしまいます。ナゲッツが優勝リングを手に入れれば、マレーとヨキッチのプレーはオールラウンダーによる現代バスケの新たな『ピック&ロールの教科書』として認知されるでしょう。