福岡第一を学生コーチとして支える大上善士の思い「104人全員の力で日本一をつかみ取りたい」

福岡第一を学生コーチとして支える大上善士の思い「104人全員の力で日本一をつかみ取りたい」

2022/12/10 12:20
大上善士

福岡第一の体育館で、また試合会場のベンチで、精力的に働く学生コーチがいる。3年生の大上善士は、「試合に出て活躍したい」という気持ちを持って福岡第一バスケ部の門を叩いたが、部員数が100を超える大所帯でAチームに食い込み、試合に出るのは簡単ではない。将来は父や叔父のようにバスケの指導者を志す彼は、3年生になった時に井手口孝コーチからの「今からここで学生コーチとして勉強して経験を積むこともできる」というアドバイスを受け入れ、ここでコーチングを学ぶことになった。

もともと指導者志望、3年生になったのを機に学生コーチへ

──まずは自己紹介と、コーチを志したきっかけを教えてください。

西福岡中出身の大上善士です。もともと指導者になりたい気持ちはあって、その気持ちが強くなったので3年生から学生コーチとしてチームに携わっています。父は直方第一中学校の監督をしていて、ジュニアオールスターで優勝した福岡男子のアシスタントコーチや、中学では筑豊で優勝したりしています。また父の双子の弟になる叔父は精華女子のコーチで、インターハイやウインターカップに出場したり、国体の監督をやっています。

高校からは寮生活なので一緒に住んでいないんですけど、父は仕事から帰って来てもバスケの動画をずっと見ていたり、すごく仕事熱心です。僕もそれを見ていて、父のコーチングにはあこがれがあります。

──学生コーチへの転身は、プレーヤーとしての引退を意味します。そこに葛藤はありましたか?

決めるまでは大変でしたけど、最終的には自分で決断しました。父に電話で「第一でコーチとして頑張ろうと思う」と伝えると「頑張れ」と後押ししてもらえました。

──プレーヤーとして福岡第一で活躍するのはなかなか厳しかったですか?

そうですね。一番大変だったのはケガで、ルーズボールに飛び込んで手首を骨折して、復帰して1週間後に部内の試合で親指を骨折して、ずっと練習できなかったのはつらかったです。

身体が小さいなりに朝早くから体育館に来て自主練習をしたりしていたんですけど、Aチームに入る選手は僕より早い時間に来ています。中学校の時から主力で活躍していたわけではないので、それでダメだという気持ちはなくて、最後まで頑張るつもりでいたのですが、指導者の道へ進みたい気持ちが大きくなったので決断しました。

大上善士

「自分のことしか見えていない選手にアドバイスしたい」

──選手から学生コーチに立場が変わると、バスケの見方も変わりますか?

プレーヤーの時は自分が上のチームに上がりたい気持ちが強くて、試合でも他の選手より目立ってアピールしたいと思ってしまいますが、コート外から見ていると影の存在がすごく大事なのが分かります。ディフェンスでもボールにプレッシャーを掛けに行く選手より、ヘルプをしたり目立たないところで頑張るプレーを見てしまいますし、泥臭くチームを盛り上げる平岡倖汰のような選手が印象に残ります。

──学生コーチとして、主にどんな仕事をしていますか?

試合の分析、相手の重要な選手のスカウティングは自分が中心になってやっています。Aチームだと先生もスタッフの方もいるので、僕は裏方として動画を撮影したりするんですけど、BチームやCチームだと自分が声を出す機会が多くなります。特にBチームは入学からずっと一緒にやってきた3年生がメインなので、実際のところAチームよりも気持ちが入る部分はあります。

──Bチームの仲間たちは、大上コーチをどう受け入れていますか?

みんな「お前なら学生コーチでも大丈夫」と言ってくれて、「どんどん指示していいよ」という感じなので、僕は自分の思うことをどんどん伝えるようにしています。

練習中に声を出して盛り上げるのですが、ただ単に声を出すだけじゃなくて選手の力になる声出しはどんなものだろうと考えていて、チームが落ち込んでいる時に仲間を安心させられる声掛けができるようになりたいです。

やっぱり選手はAチームに上がりたいという気持ちが強いので、どうしても自分が、自分が、となってしまいます。そこは自分も経験して、なおかつコーチとして今は見えているので、自分のことしか見えていない選手にアドバイスしたいです。

大上善士

インターハイ優勝をもたらした一発「うれし涙が出ました」

──学生コーチになってからこれまで、一番うれしかった出来事は?

インターハイの優勝にコーチとして貢献できたことです。僕は崎濱秀斗の自主練習のパートナーで、スキルトレーニングの動画を僕が見つけて練習するんですけど、それが試合で上手くいくと自分のことのようにうれしいです。インターハイの決勝で最後に3ポイントシュートを決めたのが崎濱なんですけど、その日の朝練でその場所のシュートだけをずっと2人で練習していたんです。

──あの劇的な逆転3ポイントシュート! じゃあ半分とは言わないまでも3割は大上コーチの手柄ですね(笑)。

それは決めた崎濱がすごいんですけど(笑)、あの時は僕もうれし涙が出ました。

──コーチと言ってもカテゴリーはたくさんあります。今後の目標はどんなものですか?

大きな夢は日本を代表するコーチになりたいですけど、どのカテゴリーでやりたいというのは今はありません。でも、大学で勉強した後は海外でコーチングを学びたいという思いはあります。

──ただ、まずはウインターカップの優勝に裏方として貢献しなければいけません。

そうですね。裏方として分析したりスキルを教えたりしてチームの役に立って、104人全員の力で日本一をつかみ取りたいです。

──Aチームは東京体育館で勝って、優勝トロフィーを掲げるのが高校バスケ最高の締めくくり方だと思います。Bチームにとっての最高の終わり方はどんなものでしょうか?

AチームでもBチームでも一緒に過ごしてきた時間がすごく大きくて、特に今の3年生はAチームもBチームも関係なくすごく仲が良いです。インターハイの時もそうでしたが、Aチームが優勝したらBチームも全員泣いて喜びました。今回も福岡第一バスケ部として優勝できれば、全員にとって最高の締めくくり方になります。

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