「B」の主役たち~橋本拓哉(大阪エヴェッサ)『bj最年少出場』から4年、心身ともにたくましさを増し大阪を背負う存在に

2016/11/17
Bリーグ&国内
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文=カワサキマサシ 写真=©OSAKA EVESSA、安田健示

『現役高校生プロ』が味わった挫折とバスケへの思い

橋本拓哉はBリーグ元年となる今シーズン、大阪エヴェッサに2度目の加入を果たした。最初の加入は2012-13シーズン。bjリーグドラフトで、大阪から2巡目指名を受けてのものだった。当時17歳。現役高校生プロの誕生は世間の注目を集め、突如表れたシンデレラボーイに周囲は期待を寄せた。しかし、彼がチームに合流して感じたのは、不安と、高校生でプロの舞台に立つプレッシャーだった。

「毎日プレッシャーだらけ。練習からプレッシャーがありましたね。最初に加入した時は、すごいところに来てしまったなという感じでした。やってやろうという気持ちもあったんですけど、いざ試合に出たら観客も多いし。こんなところでやっていけるのかなって、不安だらけの1年でした」

シーズンに入っては、17歳11カ月で迎えた10月20日の滋賀レイクスターズ戦でbjリーグの最年少出場、翌日の同カードで最年少得点の記録を刻む。しかし、現役高校生プロが与えた衝撃はそれだけだった。

「試合にはちょくちょく出させてもらったんですけど、スタッツもそんなに上げてないですし、チームに貢献できていたかと言われたら全然できなかった」

自らの言葉通り、デビューシーズンは33試合に出場したが特筆すべき結果は残せなかった。結局は、そのシーズン限りで退団。かねてからの目標だった教員になるために大学に進み、そこでバスケットボールを続けた。当時の彼の中で、大学でのバスケットボールはあくまでも部活。心の中心にあるものではなかった。

「大学には教員志望で通っていたので、もう一度プロになるとかはあまり意識せずにやっていましたね。高校生でプロになって頭打ちして大学に入って、最初はなんとなくバスケをしていた感じでした」

一度プロを経験したゆえに、大学のバスケットボールは物足りなく感じるところもあった。それがバスケットボールに身が入らなかった理由の一つ。「大学生って、こんなものか」。そういう思いがあったことも否めない。だが1シーズンとはいえプロを経験しながら、大学では結果が残せない。彼の中で、判然としない感情が頭をもたげてきた。その正体は、バスケットボールをやり切れていない思い──。

「高校の時は飛び級してしまって、高い壁がありました。大学で同じ世代とバスケをして学生ライフも楽しみ、教員免許も取って、充実していたと言えば充実していました。でもバスケではずっと大した結果が残せず、燃え尽きてはいなかった。大学4年生になって、もう一回ちゃんとバスケがしたいと思い始めたんです」

古巣の大阪エヴェッサに復帰してBリーグ元年を迎える

大学時代の指導者はかつて大阪を3連覇に導き、現在は西宮ストークスに在籍する天日謙作コーチ。

「高校や大学ってフリーランスなオフェンスが多いんですけど、天日コーチはプロ意識が高くてセットプレーが多かったり、頭を使うバスケが多くて、すごく勉強になった。今でも生かせているものがあります。天日コーチのバスケを経験して、自分の中にいろんな蓄えができました」

天日コーチの指導を受けてもう一度バスケットボールに向き合う彼に、新しい扉が開く。Bリーグ元年を戦うメンバーとして、古巣の大阪が彼を再び迎え入れたのだ。今度は現役大学生Bリーガーとして、プロのコートに帰ってきた。

「声をかけてもらった時は、素直にめちゃめちゃうれしかったです。自分の中での練習への取り組みや意識も、前にいた時と全然違いますね。高校生の時は何も考えずにバスケして、周りについて行くことにいっぱいいっぱいでした。でも今は、これが仕事なんだという自覚が芽生えてきました」

4年前は自分のことに精いっぱいで周りを見る余裕などなかったが、久しぶりにチームに戻ってみると、自分の視野が広がっていることに気付いた。プロの舞台を離れていた時間で彼が得たのは、精神面の成長だ。

「以前は自分のことに必死で、先輩におんぶに抱っこでした。前は周りと年齢が圧倒的に離れていましたが、今は年齢が近い選手もいます。結構人見知りなんですけど、チームメートと馴染めるようになりましたし、大学で4年間プレーしてきて気持ちも楽になりました。プレーの面でも、試合中に緊張してプレッシャーを感じるのは自信がないからだと気付きました。それを練習で補って、自信をつけて試合に臨むようにしています」

そして迎えたBリーグ開幕、9月24日のレバンガ北海道戦では、17分間の出場。10月8日と9日の名古屋ダイヤモンドドルフィンズ戦ではともに20分台の出場を果たした。コートに立つ今の彼の姿には、かつてのような所在なさ気な雰囲気は感じられない。

「以前は戸惑いだらけでしたが、今はやってやろうという気持ちのほうが強いです。今でもたまに思い出すんです、4年前のことを。右も左も分からなかった1年でしたけど、今はあれも良い経験だったと思えます。あれがなかったら、今は絶対にありません」

第5節からスターターに定着、『勝ちに貢献できる選手』へ

bjリーグ時代の1年を良い経験だったと振り返ることができるのは、自身の成長を実感しているからだ。

「自分で言うのもなんですけど、『もう戸惑ってばかりはいられない』と思って練習を頑張っています。4年前の自分が今の自分を見たら、多分うらやましがるんじゃないですかね。当時はシュートも入っていなかったですし。4年後にこうなるんだと分かっていたら、大学でもっとやる気が出ていたと思います。大学の時は学生という感じのバスケをしてしまっていたので、ちょっとは取り組み方が変わっていたかな(笑)」

日々の成長の証しは、開幕から約1カ月を経た22日の滋賀レイクスターズ戦からスターティング5に名を連ねるようになったことに表れる。彼に求められるのは、若さでチームの勢いを加速させること。

「いろんなことに挑戦できるのは、若いからこその特権だと思っています。それを生かして、貪欲にチャレンジしていきたい。自分の持ち味である3ポイントシュートやドライブでチームに勢いをつけるのが僕の仕事なので、それを意識しています。でも現状は、まだまだ。僕はスター選手でもなんでもないので、スタッツに残らないところでもチームに貢献する。一番若いので、ディフェンスも誰よりも走って頑張らないといけない。小さいところも地道にやって、勝ちに貢献できる選手でありたいです」

大阪は橋本の生まれ故郷。再び着た黒いユニフォームには、特別な思いがある。

「プロの選手はファン・ブースターさんやチーム、フロントスタッフの思いを背負ってプレーする。以前はそれを重く感じていましたが、今は違います。今も毎日必死ですけど、ファン・ブースターさんのため、チームのため、大阪を全部背負っていることを感じています」

背負う期待の重さにくじけていた『ひ弱な少年』はもういない。橋本拓哉はその背中にファン・ブースターの、チームの思いを背負うたくましさを身に着けて戻ってきた。22歳の若武者が今、飛躍の時を迎える。