FE名古屋をB1昇格に導いた指揮官、川辺泰三の大いなる挑戦(前編)「企業の部活からBリーグのプロチームになれた」

FE名古屋をB1昇格に導いた指揮官、川辺泰三の大いなる挑戦(前編)「企業の部活からBリーグのプロチームになれた」

2022/07/24 12:30
川辺泰三

昨シーズンのファイティングイーグルス名古屋はB2で絶大な強さを誇り、42勝8敗とリーグ最高勝率を残すと、その勢いのままプレーオフも勝ち進み、B2優勝を成し遂げてB1に昇格した。そんなチームを率いるのが、元プレーヤーの川辺泰三だ。脱サラし、再びバスケ界に戻って来た稀有な存在はB1での新たな戦いに闘志を燃やしている。

息子の上達を目の当たりに「コーチングってすごいなと思った」

──川辺コーチはもともと三菱電機メルコドルフィンズ(現名古屋ダイヤモンドドルフィンズ )でキャリアをスタートさせた元プロ選手です。2014年に現役を引退し、家業を継いでからのヘッドコーチ転身と珍しいタイプかと思いますが、それまでの経緯を教えてください。

本当はまだ選手を続けていたかったですが、家業を継ぐという親との約束があったので引退を決断しました。そこから長男にバスケを教え始めたのですが、僕は『SLAM DUNK』を見たり、NBAを見ていたからレッグスルーやバックビハインドもできたタイプなんですけど、子供に教えても全然できなかったんです。そこで「教え方が悪いのかな?」と思ったことがコーチングに興味を持った始まりでした。

家業でスポンサーをやっていた繋がりもあり、大阪エヴェッサの試合を見に行ったんです。その時にたまたまGMの清水(良規)さんがいて話をしたら、「コーチングの勉強をしてみたらどうだ」と言われました。僕が選手の頃から知っているフロントのメンバーもいて、とんとん拍子に話が進み、エヴェッサのスクールコーチとして週に1回教えるようになりました。会社が休みの日にコーチをして、月に一度の勉強会にも参加していくうちに伝え方が向上したのか、長男が簡単にレッグスルーができるようになり、シュートも届くようになって、その時にコーチングってすごいなと思ったんです。

僕は甲南大出身なのですが、豊田通商さん(豊田通商ファイティングイーグルス名古屋)は甲南のOBが多いんです。甲南のOB数人が豊通のOB会に行くという流れの中で、「川辺がコーチングを勉強している」という話が上がったそうです。当時のアシスタントコーチが中国に転勤になるというタイミングもあり、チャレンジしたいならどうだと話をいただきました。現在のGMで当時ヘッドコーチを務めていた(渡邊)竜二さんに会いに行ったら、すぐに来てほしいとなり、アシスタントコーチに就任しました。

千葉ジェッツを指揮していた大野(篤史)さんが優勝したのをテレビで見たのも一つ大きかったです。大野さんは僕の三菱時代の先輩で、僕たちは天皇杯で準優勝でした。優勝チームが金吹雪の中でロッカールームに帰っていく姿や、集合写真を撮っているシーンを覚えていて、優勝と準優勝は本当に違うなと思ったんです。その悔しさが心にある中で大野さんが優勝して金吹雪の中にいるのを見てすごく輝いて見えました。コーチングが面白いなとか、大野さんかっこいいなと思った時、嫁から「もう一回、Bリーグに挑戦したら?」と、言われたんです。そして、家族に相談したら応援すると言ってもらえました。

川辺泰三

「最初に驚いたのはめちゃくちゃ企業チームの部活だったこと」

──アシスタントコーチを2年務めた後にヘッドコーチに就任しました。そして、とうとうB1昇格を果たしましたが、5年越しの夢がようやく叶ったという感じでしょうか?

そうですね。ただ、豊田通商に入ってからと考えると5年ですが、そもそもB1ライセンスがずっとなくて、会社も選手も本気でライセンスを取りに行く、絶対にB1に行くぞという状況になったのが比較的最近です。そういう意味では昨シーズンは勝負の年でした。でも入った時からB1に行きたいという思いは、僕を含めて選手全員もあったので、5年越しで合ってますね。

──この5年間で一番苦労した点はどんなところでしょう?

豊田通商に入って一番最初に驚いたのはめちゃくちゃ企業チームの部活だったことで、その体制を変えたことですね。社員選手がほとんどなので練習は夜の6時からで、体育館もあるのに朝練はせず、筋トレもしない。トレーナー陣もパートタイマーでほぼ常駐しておらず、ヘッドコーチの竜二さんも18時まで働かれていました。

仕方がない部分もありますが、まず朝練がないのはおかしいだろと思い、朝練を一緒にするところから始めました。ワークアウトも筋トレもポジション別でやるべきだと思いましたし、そういうところから変えていこうと。チーム練習も出張で行けませんとか、会議で遅れますとか普通にありました。僕がアシスタントコーチ2年目の時に、人数が足りないから5対5に入りましたが、アキレス腱を切ったんですよね(笑)。正直、僕がプロでやってきた環境とはかけ離れすぎていて驚きました。でも社員の選手たちは16時過ぎぐらいまで本気で働いてきているので、すでに疲れているんです。だから、無理に頑張れと言えない部分はありました。

最初は外国籍選手に対して朝練が契約に入っていなかったですが、2年目から契約に入れるようにしました。今年は初めて練習が出向扱いになって14時から16時に練習をしたり、企業のスポーツから僕の知ってるプロチームにどんどん変わっていきました。この5年で体育館の使い方を含めて、トレーナーを2人常駐にし、アシスタントコーチを増やすなどチームがやってくれました。以前からプロではありましたが、本当の意味で企業の部活からBリーグのプロチームになれたと思っています。

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