ケム・バーチ

「チームが勝つために、いかに仲間たちを助けられるか」

アーロン・べインズが期待外れに終わったことは、ラプターズの今シーズンのプランを大いに狂わせた。サージ・イバカとマーク・ガソルが揃って退団した時点で、こうなることは避けられなかったのだろう。11.5得点、5.6リバウンドを記録するキャリア最高のシーズンを経てサンズから加入した34歳のべインズは、ニック・ナースのスタイルに順応できなかった。

ラプターズのセンターに求められるのは、ゴール下で身体を張ってタフに戦うだけではない。チームメートとの連動を意識し、インサイドのスペースをしかるべきタイミングで作り出し、しかるべきタイミングでお膳立てされるアウトサイドでのスペースを生かす必要がある。だが、べインズが自分の良さを出そうとハードワークすればするほど、チームのオフェンスは停滞した。

べインズに代わり、その役割を担ったクリス・ブーシェイが結果を出したものの、今は左膝を痛めて戦線離脱中。その穴を埋めているのはべインズではなく、4月にマジックから契約を解除されて、ラプターズにやって来たケム・バーチだ。

カナダ出身で子供の頃からラプターズを応援してきたバーチにとって、このチームの一員になることは大きな意味を持つ。センターの人材に困っていたラプターズへの加入を彼は「夢がかなった」と表現した。だが、本当に夢がかなったのはその後の話だ。

マジックでのバーチはバックアップのビッグマンとしてプレータイムを得ていたが、特に目立つことのない『どこにでもいる控え選手』だった。それが、ラプターズではべインズが適応できなかった役割をすぐさまこなし、素晴らしい働きを見せている。

ニック・ナースとはカナダ代表で2019年のワールドカップを一緒に戦っており、そこでナースのバスケット観に触れている。その時点でナースは、バーチにラプターズのスタイルをこなせる素質を見いだしていたのだろう。

バーチはデビューから3シーズンで3ポイントシュートを2本しか打っていないセンターだったが、今シーズンから打ち始めていた。今シーズンのマジックでは21本中4本を決めて、成功率は19%だった。しかしラプターズではたった11試合で15本を放ち、6本を決めている。40%という高確率をキープできるとは思わないが、たった半月で6本の3ポイントシュートを決めたことは、彼からすれば人類が初めて月に行くぐらいの進歩だ。

「昨シーズン途中にコロナの影響で長い中断期間があった。あの期間に3ポイントシュートを練習したんだ。チームに相談したら、打っていいぞと言ってもらった。これからも長くこのリーグでプレーしたいし、プレーオフに出られるような選手になりたいと考えた時に、ビッグマンとしてエリートディフェンダーになり、フロアをストレッチできる選手にならなきゃいけないと思った。だから、自分のプレーに3ポイントシュートを加えようと思ったんだ」

それは3ポイントシュートに限らない。ラプターズではプレーの決まり事は多いが、押さえるべき点を押さえればあとは自由なプレーが推奨される。それはマジック時代はなかったことだ。バーチは言う。「今日の練習でもコーチに言われたのは、ハンドリングの練習をもっとやれ、チャンスがあればコースト・トゥ・コーストを決めるんだ、ってことだった。このチームでは自由にやれ、ボールを動かせ、と言われる」

「正直に言えば、僕のような選手が『自由にやれ』と言われるとは予想していなかった。リムを守ってリバウンドを取るのが自分の役割だとしか思っていなかったからね。今みたいな自由なプレーができれば、きっとこの先にも繋がると思う」

ラプターズでの11試合で9試合に先発。「リムを守り、リバウンドを取る」という仕事についても、これまでと違うのは相手チームのオールスター級のセンターと長い時間マッチアップすることだ。ただ、バーチは恐れていないし、必要以上に意気込んでもいない。「ルディ・ゴベアと対戦したし、その前の試合ではニコラ・ヨキッチが相手だった。でも、別に彼らと1対1で戦っているわけじゃないし、彼らとのマッチアップに勝つのが目的でもない。チームが勝つために、いかに仲間たちを助けられるか。僕はそのことだけにフォーカスしているんだ」

今シーズンのラプターズで自分に合った居場所と役割を見いだしてステップアップした選手と言えば渡邊雄太だ。グリズリーズではなかなか評価されず、ポテンシャルを発揮できない時期が続いていたが、いつか来るチャンスを信じて切磋琢磨を続けてブレイクに至った。バーチも同じような道をたどって、今まさに飛躍しようとしている。