トム・ホーバス

八村塁との確執は、いくつかある要素の一つに過ぎない

2月2日、日本バスケットボール協会(JBA)は、今後の代表強化に関しての方向性の相違を理由に、男子代表ヘッドコーチを務めるトム・ホーバスとの契約終了を発表した。今月末に『FIBAワールドカップ2026アジア予選Window2』がある中での退任は大きな衝撃となった。

この人事について語る前にまず強調したいのは、ホーバスへの感謝だ。女子代表ヘッドコーチとして2021年の東京五輪で銀メダルを獲得、さらに男子代表ヘッドコーチとしてワールドカップ2023でアジア1位となり48年ぶりとなるパリ五輪出場権を自力で獲得した。ホーバスがもたらした功績は現在の日本バスケットボール界の発展に大きく寄与する偉業であり、特別表彰など何らかの栄誉を贈るべきもの。彼は未来永劫、日本バスケ界におけるレジェンドとして不動の地位を築いた。

ただ、いくら傑出した実績を残していたといても、パリ五輪後のチームマネジメントに関しては疑問符をつけざるを得ないところもあった。アジアカップ2025、そして11月末に行われたワールドカップアジア予選Window1の内容を見ると、ロス五輪をホーバス体制で目指すことはできないとJBAが決断を下したことに驚きはない。

アジアカップについては、ベスト8進出決定戦での敗北という結果以上に、代表が得たものが少ないという内容面が気になった。まず、アジアカップは直接的にはロス五輪に繋がっていない大会ではあったが、厳しい組み合わせとなり過酷な戦いが予想されていたワールドカップアジア予選のために貴重なチーム強化の場であった。

それにも関わらず、ホーバスはほとんど予選に出場できないNCAA組を主体とし、国内組の新戦力を抜擢しなかった。さらに様々な事情から強化合宿の大半に参加していなかった富樫勇樹、馬場雄大、富永啓生ら代表経験豊富な3人を直前に招集し、コアメンバーとして起用した。彼ら3人の代表への高い忠誠心には敬意しかないが、当然のように他のメンバーとのケミストリーを構築する時間は足りない。その結果、3人にジョシュ・ホーキンソンといつものメンバーがいつものように中心となる起用法で、若手はガベージタイムでのプレータイムが大半と経験を積むことができなかった。結果と育成の二兎を追った結果、一兎も得られない、収穫の乏しい大会となった。

ワールドカップアジア予選Window1は、チャイニーズ・タイペイとのホーム&アウェーで、ここで1つでも負ければ早くも予選突破に黄色信号がともる中、連勝という結果を出したことは素晴らしい。ただ、選手起用に関してホーキンソン、渡邊雄太の存在が傑出していることは誰もが理解しているとはいえ、2人をあまりに酷使しているのは気になった。確固たるスタイルをブレずに貫き、これと決めた選手を最後まで信じ抜くのがホーバスの魅力で、この信じる力があったからこそ数々の偉業を成し遂げたのは間違いない。ただ、BリーグからNBA挑戦へと羽ばたいた河村勇輝をワールドカップ予選で頻繁に起用できなくなり、新機軸を打ち出す必要がある今の日本代表において、ホーバスの変わらない方針が停滞感を招いていた側面はあった。

ホーバスは日本バスケットボール界を一つ上の高みへと押し上げてくれた。しかし、それでも一つのサイクルは終わり、新たなステージに向かうにあたっては最適の舵取り役ではなかった。これはホーバスの指導者としての力量に関係ない、適材適所の問題だ。だからこそ今回の退任は衝撃的ではないし、巷で言われる八村塁との確執も決定的な要因ではなく、いくつかある要素の一つに過ぎないと見るべきだろう。

八村塁が日本代表について苦言を呈したことが大きく取り上げられがちだが、いくら八村が傑出した存在であったとしても、それが今回の退任に何らかの影響を及ぼしたとは考えにくい。それが大きなトリガーとなっていたら、それこそ男子代表の秩序崩壊を意味する。

旧体制のJBAは代表のマネジメントに関してホーバスに大きな決定権を与えていたが、強化委員長兼男子代表ダイレクターに伊藤拓摩、男子代表強化部会長に安永淳一が就任した新体制では、ホーバスに多くを委ねるのではなく強化部もしっかりと代表に関与するようになった。その中で、『方向性の違い』が生まれたのであれば、今回の決別も驚きではない。