年俸4000万ドル超えに見合う『勝てる司令塔』のパフォーマンス
2018年のオフ、クリス・ポールはロケッツと4年1億6000万ドル(約173億円)のマックス契約を結んだ。『ロブ・シティ』と呼ばれたクリッパーズの解体によりロケッツに加入した最初のシーズン、当時まさに絶頂期を迎えていたウォリアーズを土壇場まで追い込んだ。カンファレンスファイナルで両者は激突し、ジェームズ・ハーデンとポールのコンビは3勝2敗と先行。しかし、ここでポールがケガをしたことでチームは失速。「次こそは」という意図で、ロケッツは超大型契約を提示した。
その1年後にポールは半ば戦力外のような形でサンダーにトレードされる。ポール・ジョージとラッセル・ウェストブルックの退団で再建に舵を切ったサンダーに、成熟期を迎えたスター選手であるポールの居場所があるのかは疑わしかったが、ポールは若い選手たちを統率してチームをプレーオフに導くとともに、自分の可能性を信じなかったロケッツを相手にGAME7まで粘る見事な戦いぶりで、自身の再評価も勝ち取った。
サンズへと移った今シーズンも、チームをプレーオフへと導いた。しかも今回は上位シード、西の2位でのプレーオフだ。相手はレイカーズで、盟友レブロン・ジェームズとの戦いは手に汗握るドラマとなるだろう。上位シードではあるがプレーオフの経験が少ないサンズに失うものはない。万全ではないレイカーズに思い切りぶつかることで、活路も見えてくる。
33歳の2018年時点で4年1億6000万ドルだったポールの市場価値は、翌年には暴落していた。ロケッツは自らが契約した高額年俸の負担から逃れるために、1巡目指名権2つを含む多くの代償をサンダーに差し出している。一方でサンダーは1年後にポールのトレードで1巡目指名権に加えて選手も複数獲得したし、シェイ・ギルジャス・アレクサンダーをポールに『弟子入り』させてリーダーシップを学ばせるなど最高のビジネスにした。そしてポールを迎え入れたサンズは長い低迷期を抜け出し、プレーオフへと進んだ。その結果がどうなるかは別として、この時点でサンズの2020-21シーズンは成功だったと言える。
そしてポールにとっては、再び自分の価値を示してオフを迎えることになる。2018年に結んだ4年契約はあと1年残っているが、4400万ドルの契約最終年はプレーヤーオプションとなる。36歳になった今も、計算され尽くしたゲームメークと若手を引き上げるリーダーシップで好成績とチームの成長を両立させる彼に、複数年契約をオファーするチームは現れるだろう。
NBA選手のキャリアは基本的に短命だ。30歳を過ぎるとベテランと見なされ、実力があっても脇へと追いやられることは少なくない。しかもポールは、驚異的な身体能力を持つとはいえ身長183cmと小柄な体格だ。これまで何度も疑念の目を向けられながらも、そのたびに自分の価値をコート上で示してきた。
一つ面白いのは、彼が会長を務めるNBA選手会が主導して、2017年の時点で『オーバー36ルール』を『オーバー38ルール』に改訂していることだ。36歳を過ぎた選手は複数年契約を結ぶことができない、というルールだが、その制限を38歳に引き上げたということ。この時は1984年生まれのレブロン・ジェームズやカーメロ・アンソニー、1985年生まれのポールが自分たちの将来的な収入を増やすためのルール改変だと笑い話になったが、その4年後、ポールはまだまだ自分がNBAトップレベルの高年俸に見合った選手であることを示している。
サンズは現在の主力のほとんどが来シーズンも年俸はほぼ据え置きで、ポールを残すのは難しくない。問題は、他のチームに好条件で引き抜かれないかどうか。ポールのプライドを尊重しつつ、上手く交渉をまとめたい。
ライバルの一番手はニックスだ。こちらは東カンファレンスでサンズと同じく飛躍を果たしたニックスは、ジュリアス・ランドル、RJ・バレット、イマニュエル・クイックリーなど限られたコア以外とは複数年契約を結んでおらず、キャップスペースには余裕がある。まずはランドルとの再契約が最優先となるが、その後はフリーエージェント市場で動ける余地が大きい。しかも球団社長を務めるのは、かつてポールの代理人だったレオン・ローズだ。
いずれにしても、まずはプレーオフ。ここでクリス・ポールは再びポイントガードとして、チームリーダーとしての自分の実力を示すことができる。彼自身は契約のことは忘れて目の前の試合に集中するだろうが、プレーオフでの活躍は今オフをより充実したものへと変えるはずだ。