文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦

「最後に一つ大きな―仕事が残っている」と準備着々

「最後に一つ大きな―仕事が残っているので、それに対してはかなり集中して準備しなきゃいけないという気持ちの面の準備、身体もできる限りの準備を、ちゃんとやっていこうね、って感じです。それ以外は普段通りです」

Bリーグファイナルを2日後に控えた公開練習を終えて、伊藤俊亮はそう語った。今シーズン限りの現役引退を表明しており、現役ラストマッチが優勝を懸けたファイナルになるが、いつも通りの自然体を保っている。「そう言われるんですけど実感がないので、いつも通り普通にしてますね。名残惜しいわけでもないですし」

東芝、栃木、三菱と渡り歩いた伊藤は、リーグ優勝の経験も、ファイナルで敗れた経験もある。2年前に千葉ジェッツに加入した時点で、千葉は決して強豪ではなかった。2年後に自分の現役ラストゲームをファイナルで迎えることになるとは、全く想像できなかっただろう。

「勝てそうだな、と思って来ることをしていない人生で、入ってからどうするかの作業をすることが多いので。『これぐらいの成績になるのかな』とは先に決めずに必要なことをその都度やっていって、『気が付いたら上にいた』という感じが多いです。なので入団前にどこまで行けるかは正直考えていませんでした」と伊藤は2016年夏の決断を振り返る。

「それがなんでここまで来れたかと言うと、一つひとつ積み上げたものがそうなったんだろうなと思います。自分に何が必要で、どういう形でそれを求められているのか、それをしっかりコミュニケーションが取れてやれたからこそ、それぞれがうまく行っていると思います。それが千葉の良いところじゃないかと」

「途中までキツくて、途中からはそれを楽しんで」

もっとも、千葉での2年間がすべて順風満帆だったわけではない。プレータイムは昨シーズンが7.9分、今シーズンは3.8分。それまで20~25分のプレータイムを得ていた伊藤は、千葉に来てサポート役に回ることになった。それに関して「キツかった」と正直な気持ちを明かす。

「最初に話をもらった時は、日本人ビッグマンとしてある程度プレータイムを与える、チーム内での役割でもう少しボリュームがあるイメージで話を聞いていたので、そのつもりで来ました。プレー面で貢献するつもりでチームに入っているんですけど、やっていくうちに求められるものが変わっていく、必要なものを探しながらやらなきゃいけないような状態だったので、1年目はかなりキツかったですね。どう自分を表現していいか分からないところもありました」

「幸いチームメートがすごく助けてくれて、そのおかげで自分の役割みたいなものを見付けられて、そっちに集中することができたので。本当にキツかったですけど、途中までキツくて、途中からはそれを楽しんでできるようになりました」

あまり先まで計算を立てることなく、また逆風の中でも自分のできることを見付けて集中する。その結果がファイナルであり、明日訪れるかもしれない優勝となる。伊藤のキャリアをそのまま反映するかのような状況が、この土壇場に出来上がっているのは少々奇妙な巡り合わせだ。

拳をくっつけて「みんなで一つにしていくんだ」

「千葉の良いところ」として挙げたチームの連携こそ、今回のファイナルで押し出すべき部分だと伊藤は考える。「変わらずやっていかなきゃいけないのは、チームとして一つでいられるように、気持ちのところでみんながつながっていられるように。それはシーズン中もずっとやってきたんですけど、昨シーズンは感じられなかったことです」

チームの一体感や結束は、言葉にすると簡単だが、実際に形にするのは難しい。それが今の千葉にはできていると伊藤は言う。「ハドルを組んだ時って、日本人はちょっと気恥ずかしい部分もあり、あまりガッと真ん中に集まってこないことが多いです。でもこのチームには雰囲気が出てきて『集まってるな』と感じることができました。拳を向けるだけでハドル、という認識の人が減って、拳をちゃんとくっつけて『みんなで一つにしていくんだ』という意識がすごくできて、そこはすごく変わったと思います」

仲間同士が集まってハドルを組むシーンは、バスケットでの日常の風景の中でもお気に入りのシーンだと伊藤は言う。「結構あの瞬間が好きなんです。チームがあまり良い雰囲気じゃなかったり、良かったり悪かったりする時はどうしても合わないんですよね。それが今シーズンの途中からビシッとくっついたイメージがあって、それは良いチームなのかなと個人的に思って見ています。それをファイナルでもちゃんと続けられるように。チーム作りって言葉にして言わないですけど、互いに寄せ合うというか、そういう感覚が出てきているのは良いなと思っています」

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トロフィーを掲げるシーンで現役生活に幕を下ろすことができれば最高だが、今の伊藤が見据えるのはまた違った目標だ。「もちろん勝つに越したことはないと思いますけど、チームとしてやり切った感じが出るのであれば、それは一つ成功です」

「とはいえ勝ちたいですよね」と伊藤は笑う。チームのためにベストを尽くしてきた背番号44は自らの役割に徹することを誓い、勝者として舞台を降りることを願っている。