取材=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

3月10日、福岡県にてスポーツ業界に就職したい中高生向けの『トップアスリートも実践するトレーニング方法を体感!』と題したセミナーが行われた。総合学園ヒューマンアカデミー福岡校の協力により実施されたこのセミナーで講師を務めたのは『DICE』こと山口大輔。スパーズで7年に渡りアスレティックトレーナーを務め、2014年にはNBA優勝にもチームスタッフとして立ち会い、チャンピオンリングを持つ人物。現在は東京医科歯科大学スポーツサイエンスセンター特任助教として活動するDICEが、将来の選択肢としてトレーナーを目指す中高生に対して、自身の経験を語るとともに世界最高のフィジカルスポーツであるNBAの現場で行われているトレーニング方法を紹介した。

セミナー終了後のDICEに、現在のプロアスリートには欠かせない『相棒』となっているアスレティックトレーナーの仕事について語ってもらった。

現在は東京医科歯科大学で働く山口大輔。スポーツサイエンスセンター長を務める室伏広治(男子ハンマー投げ金メダリスト)の下、日本のトップアスリートのケアを始め、アスリートパフォーマンス向上を研究している。

「スポーツの現場でできる仕事を探した」

──アスレティックトレーナーの仕事を一言で説明すると、どんなものですか?

スポーツの現場ではケガが付き物ですが、ケガ人が出た時にその程度を判断し、応急処置を行ったり、それ以上の対応が必要であればその判断をします。また、ケガの予防のためのトレーニングや意識付けを行います。私はアスレティックトレーナーとストレングス&コンディショニングコーチ(S&Cコーチ)も大学で兼務しているので、S&Cコーチとして選手のパフォーマンス向上のためのトレーニングプログラムを作ることもやっています。

スパーズで働いていた時にはリカバリーが最も重視されました。選手が健康体でいるために、身体をどれだけ回復させられるか。シーズンを通して2日に1回のペースで試合が組まれ、そこに移動が入るので相当ハードです。ケガを予防するためのテーピングをしたり、筋肉の収縮を助けるためにマッサージをしたり、エクササイズを通して悪い癖のある動きを直してあげたり。やることは多かったですね。

アスレティックトレーニングにはまだまだ普及の余地があります。日本は身体のケアはすごくしっかりしていて、マッサージ師、按摩師、柔道整復師、カイロプラクターなど、手を使う技術を持った専門家はたくさんいるのですが、選手たちの身体は自分で使えないといけないものなので、選手が自分で身体を管理する、その手伝いをするのが大事です。

──トレーナーを志したきっかけは何ですか?

まずはスポーツが好きだったこと。自分がうまければプロバスケ選手になりたかったのですが、そうではなかったので、スポーツの現場でできる仕事を探したのがきっかけです。選手の近くで働きたかったので、アスレティックトレーナーが一番イメージに合いました。NBAが好きで、英語も好きだったのでアメリカに行こうと。

僕はアメリカに行きましたが、知識を得るなら日本でも十分に学べます。海外の情報はしっかり入って来るし、逆に日本には昔から柔整や鍼灸、トレーナーと言われる人たちが本当に勉強をして活躍しています。僕はアメリカで世界の頂点に立ったチームを見させてもらったので、そこで学んだことを伝えたいと思っています。日本人ですごく勉強されている方も多くいますし、世界中から情報も手に入れやすいので知識を得るには日本でも十分だと思います。ただ僕の場合はコミュニケーション能力や違う文化を経験できたことで人間性が豊かになったので、アメリカに行って良かったと思っています。

──アスレティックトレーナーとして達成感を得られる時はどんな時ですか?

自分が接した相手が心を開いてくれるところです。NBAで10年やっているベテラン選手に、僕みたいな若造が新しいことを提案するのは難しいのですが、お互いに関係を築いた上でなら可能です。そこで僕の思いが伝わったり、何かが響いたのだと感じられるとうれしいですね。

「本当に好きでやりたいなら、やったほうがいい」

──日本でアスレティックトレーナーを仕事にするのは難しくありませんか?

大変なのは確かです。不安定だし、日本で確立した仕事でもないので、新たな知識を持った人が出てきたら自分は置いてけぼりになるかもしれません。そういう不安感は常にあります。アメリカだと働く場所が多いのですが、僕らがやるとなるとビザの問題とかが出てきます。でも、本当に好きでやりたいならやったほうがいいと思います。本当に好きなことなら頑張れるから。思いが中途半端でないなら、生活はしていけるはずです。

日本ではパーソナルトレーナーや講師として生計を立てている人が多くいると感じています。僕は下手ですが、自分を評価してもらうために売り込み方も考える必要もあります。世間で売れている方々はやはり話し方やプレゼンテーションの仕方が上手です。もちろん知識があって初めてビジネスが成り立つのですが、自分自身をどう見せるかで世間の認知度は大きく変わるとも思います。

僕は発信力に乏しいのでそういった点は磨かないといけないと思う反面、気質的には合わないから良いかな、なんて考えてます(笑)。でも、目の前のアスリートや子供たちに必要とされることをコツコツと伝え続けるのが、彼らと自分にとっての未来に繋がると信じています。それが自分にしっくりくるやり方であり、好きな仕事だと感じています。自分らしくやっていたらいつか僕の考えに賛成してくれる人が集まってくれて、リッチな生活できる日も来るんじゃないかなと夢見てます(笑)。

──DICEさんが働く上で大事にしているのは?

自分に正直であることです。分からないことは分からない、できないことはできないと言う。背伸びしたり誤魔化そうとすることが、相手にとってすごくマイナスになるかもしれないからです。正直に自分を出してコミュニケーションを取った上で、相手の気持ちを優先する。相手が本当に何を求めているのか、その気持ちを汲み取って、それに対して何がベストなのかを考えてあげる。そうなると、必ずしもアスレティックトレーナーとしての自分がベストじゃない場合もあるので、人を紹介することもあります。

「選手をサポートする仕事はすごく大切なはず」

──日本ではまだ普及の余地があるとの話でしたが、アスレティックトレーナーの重要性は広まってきていると思います。就職もしやすい環境になったのでは?

NBAや海外では選手のポテンシャルをフルに出せるようにと、より多くのアスレティックトレーナーやS&Cコーチ、またはサイエンティストなどが雇われるようになってきました。私がいた頃は7人ほどだったスパーズのパフォーマンス&メディカルチームも、今では10人に拡大しています。アメリカでは高校のチームでも7割ほどはアスレティックトレーナーが付いています。しかし日本では、なかなかトレーナーにお金を出す必要性が感じられてないのが現状です。

ただ、仕事として食っていけるかどうかを気にしすぎるのも良くないと思います。好きなことであればやればいいし、好きなことであれば続けるための方法を探すはずですから。お金のことが気になるぐらいであれば、多分続かないし、そもそもやらないと思いますよ。

──でも、アスレティックトレーナーの存在意義は間違いなくありますよね。

うまくなりたい、ケガを減らしたいとはプレーヤーなら誰しも思うことです。どこかに痛みを抱えている子は「どうしたらいいんだろう」と思っているけど、何をすればいいのか分からないし、きっかけをくれる人がいるのかどうかも分からない。正しいことを教えるのも大事ですが、考えるきっかけを一つでも与えることに意義を感じています。

僕はアスレティックトレーナーという立場ですが、それに限らずスポーツ選手をサポートする仕事はすごく大切なはずです。今は特に小中高のプレーヤーをちゃんと守ってあげることが必要だと感じています。身体のことを知っていて、ケガをした時には応急手当ができて、命を守ることのできる人が必要です。日本の未来を背負う子供たちを健康的に育てていくには、そういった専門職の人間が大切なんです。それを理解してもらって支えてもらえればと思います。

──トレーナーは『手に職』系の仕事です。技術を持った仕事を志す子供たちにどんなアドバイスを送りますか?

ずっと同じことを言っているかもしれませんが、好きなことを好きと表現することです。自分の感情をちゃんと出してコミュニケーションする、思っていることを我慢しない。そのようにして好きなことを好きとちゃんと言えるのであれば、好きなことをやろうとする意識が出てきます。好きじゃないと技術は習得できないし、続けられないので、それが一番大切だと思います。