写真=Getty Images

NBA史上2位の81得点を記録したゲーム

12月18日、ステイプルズ・センターでのウォリアーズ戦で、レイカーズのレジェンド、コービー・ブライアントの永久欠番式典が執り行われる。

通常の式典とは異なり、コービーの場合は、現役時代に着けた8番と24番が同時に永久欠番となる。この対応を見るだけでも、レイカーズ一筋で20年も活躍し続けたコービーの偉大さが伝わるはずだ。

ではコービー本人は、どのタイミングで永久欠番化を確信したのだろうか? そんな疑問を『Lakers Nation』がコービーに投げかけたところ、意外な答えが返ってきた。コービーが挙げた瞬間は、2000年からの3連覇達成でも、2009年からの2連覇でもなく、NBA史上に残る伝説の瞬間だった。

「81得点を記録した日かな。あの瞬間、『きっと俺の番号は永久欠番化されるだろう』と思ったんだ」

その日とは、2006年1月22日にホームで行なわれたラプターズ戦。コービーは、3ポイントシュート7本を含むフィールドゴール46本中28本、フリースロー20本中18本を成功させ、1試合での得点としてはNBA史上2位の大記録を達成した。

あの日のコービーは、神がかっていた。ラプターズの守備をものともせず、打てば決まるというシーンの連続だった。

歴代1位の記録は、1962年3月2日にウィルト・チェンバレンがニックス戦で達成した100得点で、同3位は同じくチェンバレンが1961年12月8日のレイカーズ戦で達成した78得点ということを考えれば、その偉大さが理解できる。

現代のNBAでは不可能と思える大記録を含め、『不世出』のスーパースター、コービーが遺したレガシーの大きさを、改めて実感させられる。