日本初のJBA公認プロレフェリー加藤誉樹が語る『審判のお仕事』(後編)「当たり前のファウルであれば審判はいらない」

2017/10/16
NBA&海外
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文=鈴木健一郎 写真=野口岳彦、B.LEAGUE

日本初のJBA公認プロレフェリー加藤誉樹が語る『審判のお仕事』
(前編)「プレーヤーとしての後悔や劣等感を力に変えて」
(中編)「審判ではなく選手が注目されるのが一番です」

自分たちの仕事を普通に終えて控室に戻るとホッとします

──プロになって注目度は上がりましたか? 「サインください」なんて言われることは?

いや、それはありませんが(笑)、コートインスペクションと言って試合開始70分前に我々はコートに行って、機材の確認やラインがきちんと引かれているかをチェックします。そこでお客様の前を通った時に、プロレフェリーになったことに対して「おめでとうございます」という声はいただきました。またそこでプレッシャーも感じています(笑)。

──バスケに限らず審判というのは「どこ見てんだ!」と怒鳴られることはあっても「ナイスジャッジ!」と褒められることはまずありませんよね。どこにやりがいを見いだしていますか?

批判の目を向けられる時には相応の原因があると思いますが、苦しいか苦しくないかと言えば苦しいです。それは自分のミスを自覚している時もありますし、外から聞こえてくる声が正しいと思うこともやはりあるんです。その中で私個人としてのやりがいは、そのゲームが無事に終わることが一つです。試合が終わってコーチや選手から「ありがとうございました」と握手を求められた時はやりがいを感じます。

Bリーグでは試合が終わると選手同士でハイタッチをし、コーチ同士が握手して、審判は控室に去る取り決めになっています。NBAでも同様ですが、試合後に一方のチームの話だけを聞く不平等や、意図していなくても必要以上の抗議と取られるような行動によって選手やコーチがペナルティを受けるようなことを避けるためです。ですので、試合後に選手やコーチとコミュニケーションを取ることは基本的にないのですが、それでも自分たちの仕事を普通に終えて控室に戻るとホッとします。

Bリーグは以前のリーグに比べて注目されて、どの会場もすごく盛り上がっています。その中で、良い形でゲームが始まり、進んで、終わることが何よりのやりがいです。逆にナイスジャッジをした時がやりがいかと言うと、あまりそうでもないですね。

「ここはこうしておけば良かった」というのは毎試合ある

──答えづらい質問かもしれませんが、審判としてミスを犯すこともありますよね?

これを言ったら叱られるかもしれませんが、「ここはこうしておけば良かった」というのは毎試合あります。審判としての自分のターンオーバーはゼロが一番いいんですけど、自分が完璧だと思ったらもう審判を辞めるべきだとも思うんです。私が思うのは、当たり前のファウルやバイオレーションであれば審判はいらないわけです。その間のところをジャッジする以上、笛を吹けば「吹かれた」と思う人がいて、吹かないという判定をすれば「吹いてもらえなかった」と思う人がいて当然です。

なので毎回課題は付き物です。ターンオーバーではないにしても、もっとベターな進め方があったんじゃないかと。自分が担当した試合を振り返る時はいつも「苦しいなあ」と思いながら、重箱の隅を自分でつつくわけです(笑)。でも、どこまで行っても審判はそういうものですから。

──それでも、その重箱の隅をつつく作業が次の試合のためには重要なんですよね。

どこから吹くのか、いつ吹くのか、どういう笛の音色なのか、吹いた後どう見せるのか、どうコミュニケーションを取るのか……そういうことも正しい判定をすることと同じくらい大切です。それがないと、正しい判定をしても「ええ!?」と受け止められるのは当然の話なので。だから突き詰めていくほど奥が深いと思いますし、そこに魅力があるとも思います。私は引退するまでずっとそれに向き合い続けていきたいと思っています。

コートに立っている人数は10人じゃなくて13人なんです

──審判にも評価はあって、それは国際大会であればグループリーグのジャッジが評価されることで、決勝トーナメントの重要な試合を任されます。昨年のU17女子ワールドカップと今夏のU19男子ワールドカップでは決勝を、ユーロバスケットでは準々決勝を担当されました。

個人として言えば、少しでも高いレベルの大会の、少しでも上位の対戦を任せてもらえること、そしてそのゲームが無事に終わることが一つのやりがいにはなります。そうやって評価していただくことは非常に光栄ですし、同時に責任も感じます。

──バスケが盛り上がってきて、選手を目指す人が増えるとともに、審判をやろうという人もこれから増えてくるでしょう。そういう人にメッセージをお願いします。

選手としてコートに立てたら、私はそれが一番いいと思います。私も選手を志していましたので。しかしその一方で、何かの理由でそれがダメになった時、あきらめざるを得なくなった時に、それでもまだコートに立てる方法はあるよ、ということですね。

コートに立っている人数は10人じゃなくて13人なんです。1万人の大歓声の中で、目の前でダンクシュートに行く瞬間の『きわっきわ』のところを判定する。それにはすごく魅力があると思います。

──大変な仕事ではあるけれど、苦労するだけの価値があるわけですね。

当然、私たちが注目を浴びる時は得てして良くない時が多いのですが、それ以上に無事に試合が終わった時とか、無事に大会が終わった時の安堵感や充実感は、何にも代えがたいものがあります。積み上げてきた準備の時間が多ければ多いほど、そこで得られる達成感とか充実感も大きくなりますから、ぜひ審判を目指す人や子供たちも増えてほしいです。そういう意味で私もそういう人が一人でも増えるよう、コートに立つ13人の一人として、あらゆることに一生懸命に頑張っていきたいと思っています。