『ドリーム・チーム』結成から25年、ドレイモンド・グリーンは「彼らがバスケットボールの在り方を変えた」

2017/08/11
NBA&海外
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写真=Getty Images

現役NBA選手の五輪初出場をきっかけに国際化が進む

今でこそ五輪に出場する各国の代表に現役のNBA選手が含まれるのは当たり前のようになったが、すべての始まりは、1992年のバルセロナ五輪だった。

その4年前の1988年に開催されたソウル五輪、アメリカ代表は大学レベルのスター選手で代表チームを構成して臨んだのだが、結果は3位に終わった。この結果、プロ選手が代表に参加すべきという世論が高まり、1989年に国際バスケットボール連盟がプロ選手の参加を容認した。

プロの参加が認められてから初の五輪となったバルセロナ大会に出場したアメリカ代表には、デューク大学のクリスチャン・レイトナーを除く11選手がNBAプレーヤーとなった。マイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソン、ラリー・バード、ジョン・ストックトン、デビッド・ロビンソン、スコッティ・ピッペン、チャールズ・バークリー、パトリック・ユーイング、カール・マローン、クリス・マリン、クライド・ドレクスラーという超豪華な面子が集結したチームは、『Sports Illustrated』により『ドリーム・チーム』と命名された。

結果は、五輪の全試合で100得点以上をマークする史上初の記録を打ち建て、圧倒的な力を見せつけて金メダルを獲得。バルセロナ五輪をきっかけに世界中でNBA人気に火が点き、世界を代表する有望なインターナショナル・プレーヤーがアメリカに渡り、世界最高峰の舞台で活躍することを目標にする現代のリーグの形が出来上がった。

2016年に開催されたリオデジャネイロ五輪にアメリカ代表として出場したドレイモンド・グリーンは、『NBA公式YouTube』チャンネルで公開された『ドリーム・チーム』結成から25年周年を記念する動画で、当時のチームが世界に与えた影響について、こう語る。

「彼らの影響で、バスケットボールのファンではなく、選手のファンが誕生した。ラリー・バードのファンが、必ずしもセルティックスのファンではなくなったんだ。彼らは、バスケットボールの見方を変えた。バスケットボールの国際化が始まった瞬間だった。それからは世界中の優れた選手がNBAでプレーするようになったしね」

1992年の『ドリーム・チーム』と、2016年のチームUSAが対戦したらどちらが勝つと思うかについても聞かれたグリーンは、数秒考えた後に「どちらのチームも金メダルを獲得した。それが何よりも大事なことさ」と返答。普段なら不必要なほどストレートな物言いをするグリーンが返答を避ける場面は珍しい。それほど、1992年の『ドリーム・チーム』の存在は偉大ということだ。

バルセロナ五輪で対戦相手に平均44点差をつけて世界に衝撃を与えた『ドリーム・チーム』は、2010年にバスケットボール殿堂入りを果たした。25年という時の流れの速さを実感させられるが、当時の映像を見ても、彼らがどれだけ特別な存在だったかが分かる。

東京オリンピックでの豪華な『チームUSA』に期待

3年後に開催される東京オリンピックには、スパーズ指揮官のグレッグ・ポポビッチが率いるチームUSAに、レブロン・ジェームズ、ステフィン・カリー、ケビン・デュラント、ラッセル・ウェストブルック、ジェームズ・ハーデン、クレイ・トンプソン、クリス・ポール、グリーン、アンソニー・デイビスら現役最強メンバーが招集されることだろう。

日本では、昨秋発足した国内プロバスケットボールのトップリーグ『Bリーグ』をきっかけに、バスケットボール人気が高まりつつある。1992年の『ドリーム・チーム』と同等とまではいかないかもしれないが、東京オリンピックでチームUSAが日本のバスケットボール・キッズに与える影響もまた、計り知れないほど大きなものになるかもしれない。