写真=Getty Images

スパーズとファンを繋いだ『中の人』が語るマスコットの仕事

長年に渡りスパーズを支え続けた人物がコートを去る──。

先に断わっておくが、この人物は、ティム・ダンカンでもなければ、エマニュエル・ジノビリでもない。チームマスコット『コヨーテ』として約20年パフォーマンスを続けたロブ・ウィコールが、45歳での引退を発表したのだ。

スパーズの功労者とも呼べるウィコールは、『ESPN』のインタビュー取材に応じ、これまでのキャリア、引退を決めた理由などを語っている。

1990年代、サンアントニオにあるシーワールド遊園地でスタントマンとして活動していたウィコールは、顔見知りだったスパーズのダンスチームメンバーから誘われ、当時コヨーテとしてパフォーマンスを披露していたティム・ダークのチームに加わった。

スパーズの試合以外だけではなく、バックアップのパフォーマーとともに年間を通じて約450のイベント出演をこなすハードワークを長期に渡って続けた結果、慢性的な腰痛に悩まされるようになった。3年前に強直性脊椎炎と診断され、パフォーマーとしてのキャリアに終止符を打つ決断を下したそうだ。

インタビュー中、『コヨーテ』としてのキャリアで最も幸せに感じたエピソードを聞かれたウィコールは、ピストンズを下して優勝した2005年のNBAファイナルと、もう一つの思い出を挙げた。

「キャリアを通じて、サンアントニオの『The Children's Hospital』で病気と戦う子供たちを見舞ってきました。ICU(集中治療室)に入院していた2歳か3歳くらいの女の子をお見舞いしたときのことです。病室を出るとき、彼女に投げキッスをしたら、その少女が『バイバイ』と声をかけてくれたんです」

「病室を出て、廊下を歩いていたら、その子の祖母が私に駆け寄って来て、私を力いっぱいに抱きしめてくれました。何故だから分からないでいた私に、少女の祖母は、こう教えてくれたのです。『あの子は、もう何週間も誰とも口を利いていなかったんです。あの子の声を聞けて、本当にうれしかった』と。それを聞いて、私はコスチュームの中で泣き叫んでしまったほどです」

前任者から続けたチャリティ活動などが認められた『コヨーテ』は、2007年にマスコットの殿堂入りを果たしている。また、2014年には、他チームのマスコットによる投票により決まる年間最優秀マスコット賞を受賞した。

ウィコールは、昔のように身体が言うことを利かなくなったことで、『コヨーテ』というキャラクターが傷つくことを避けるため、45歳での引退を決断した。

『コヨーテ』の活躍は来シーズン以降も続くだろう。それでも『中の人』であるウィコールはスパーズを去る。アリーナエンタテインメントを長年盛り上げた功労者を改めて称えたい。