ついにBリーグの新たなシーズンが開幕した。各チームの地道な活動に加え、ここ数年に渡る男子日本代表の活躍などが追い風になってリーグの人気は右肩上がりで上昇している。ただ、より多くのファンが会場、配信などで試合を見ることで多くの声援を送るようになった一方、SNSなどを通して選手を筆頭とした関係者に届く誹謗、中傷も増えているのが現状だ。特に審判はたった一度のミスが大きくフォーカスされやすい。また、判定の基準など正確な知識を知っているのは、ごく一部に限られることもあり、多くのネガティブな声を受けやすい環境にある。Bリーグ創設年から8年連続で最優秀審判賞を受賞し、パリオリンピックにも参加したBリーグを代表するレフリーである加藤誉樹審判員に、審判を取り巻く現状について意見を聞いた。
「今の日本レフリングの方向性を変えず、これまで以上に精度を高めていく」
――まず、今夏に審判団の一員として参加されたパリオリンピックについて、選出された経緯などについて教えていただけますか。
オンラインで3カ月ほど準備をしました。映像を使って議論して、例えばこのプレーについてはこういう判定がふさわしい、この状況ではこういう位置にいるべき、など精度を上げるための取り組みを行っていました。そして本番の1週間ほど前に、フランスの隣国であるベルギーで、プレコンペティションキャンプと呼ばれる合宿を行いました。
そこで朝から晩までいろいろな判定のすり合わせ、約束事の確認などを行いました。また、放送でご覧になったかと思いますが、インスタント・リプレー・システム(IRS)を使ったビデオ判定を行う際、我々の声が放送にのります。そこで何をどのように伝えていくのかのトレーニングも行うなど、かなり細かくいろいろなことについての準備を重ねていきました。
――自身のレフリングについて、どういう手応えや感触がありましたか。
一つひとつ、与えられたゲームを規則通り正しく判定していくというところで、それができた場面ともっとこういう風にした方がよかったねという場面は常にあります。どのゲームも大きなトラブルなく終えることができたのは、ありがたいと思います。ただ、それは自分の力かというと、クルーの残り2名、スタンバイレフリーも含めた4人での役割です。そして、テーブルオフィシャルズの皆さんのおかげでもあります。自分自身の力で終えたというより、いろいろな要素がある中で、みなさんの協力によって、たまたま自分の担当したゲームはどれもしっかり終われたという認識です。
――オリンピックでは、FIBAのスタッフから日本のレフリングについて印象を聞く機会はありましたか。
FIBAの審判団トップの皆さんとずっと日々を共に過ごしたので、いろいろな話をしました。その中で、日本の審判の取り組みについても注目されていて、「すごく良い形で来ているね」と言ってもらいました。今、日本のBリーグだけでなく、Wリーグや全体を含めて、日本が進もうとしている方向はFIBAと何ら遜色ないと感じています。私自身も海外に行ってレフリングをする際、国内との違いは英語をずっと使っていることくらいで、他には何も変えていないです。今の日本レフリングの方向性を変えず、歩みを止めずにこれまで以上に精度を高めていく。これまで続けてきたことを継続していくことで、オリンピックのレフリーの皆さんに負けずとも劣らない日本のレフリー集団になるなという感覚です。
「絡まった糸をほぐすようなコミュニケーションのやり方や発信を増やしていくのは大切なこと」
――FIBAの方が、「すごく良い形で来ているね」と言うのは、専門的なことで難しいと思いますが、例えばどういうところを評価されているのでしょうか。
判定が正しいかどうか、というのがレフリーの仕事でフォーカスされがちではあると思いますが、大切なのは判定の再現性だと思います。正しい判定を続けるには、正しいテクニックが必要です。その部分でFIBAと日本では全く同じことをやっています。例えば笛を吹くタイミングで、コンタクトがおきた直後に笛を吹くと、ファウルではないものまでファウルとコールしてしまう可能性が高まってしまう。だからコンタクトを受けた側のプレーの状況までしっかりと確認してから笛を吹きます。1つの判定の裏にはすごく緻密なテクニックがあって、それを丁寧に積み上げていくことが判定の精度を上げていくことに繋がります。こういった取り組みはFIBAと日本でやっていることは同じで、評価してもらっています。
――一般的なバスケットボールファンからすると、Bリーグで戦っている選手たちがワールドカップやオリンピックの舞台でも活躍した姿を見ると、日本の競技レベルは上がっていると分かります。ただ、レフリングの技術の向上はかなり専門的な部分で非常に分かりにくいです。そういう部分も、審判の方へのネカティブな反応が増えている一因になっていると感じています。加藤さんは、この点についてどのように思っていますか。
ここ数年、JBAでメディアブリーフィングを行うなど審判の取り組みについてすごく情報を発信してもらっています。ただ、それでも、情報が伝わりきれていないところはあると思います。そして、やはり分からないものに対して、不信感や嫌悪感を抱きやすいところはあります。判定に関する詳細な部分をどこまで伝えるべきなのか、という部分はありますが、例えば選手とよく会話になるのは笛のタイミングです。「合っているけど遅いよね」という声も選手から言われることがよくあります。ただ、これは先ほどお話したように、プレーを最後までしっかり確認してから吹くからだと伝えると、納得してくれます。
このように正しくできているのに、見ている側がそれをわからないので批判を浴びてしまうことがあるとすれば、絡まった糸をほぐすようなコミュニケーションのやり方や発信を増やしていくのは大切なことです。ファンの皆さんがわからないが故に、正しいものに対して間違っていると感じてしまう部分があるとしたら、実はこうなんですと伝えていく。そうしていくことで、ファンの皆さんも必要のないフラストレーションをためないでよりバスケットボールを楽しめると思います。