橘裕

15年連続40度目のウインターカップ出場となる県立小林は、オールコートディフェンスを武器に身長差をはねのける戦い方が魅力だ。前回大会は2回戦で京都精華学園と対戦し、激しいディフェ ンスで女王を苦しめた。就任3年目の橘裕(ゆたか)コーチが生徒に求めるのは闘うマインドと自己表現力。質の高い練習を積み重ねて「日本一速いバスケットをしたい」と意気込む。前編では指導へのこだわりと、伝統校に新風を吹き込む取り組みを聞いた。

小林でしかできない経験で「人間性の獲得」

——プレーヤーとしての実績、コーチ就任までの経緯を教えてもらえますか。

宮崎県立宮崎工業高校出身の40歳です。3年生時はインターハイに出場しました。その後、日本体育大学に進学しましたが、試合に出ることはなかなかできませんでした。体育教員として母校に戻りたかったので、大学卒業後すぐに宮崎に帰って、28歳の時に教員採用試験に合格して、29歳で赴任したのが宮崎工業でした。直前の2年間も講師として在籍し、9年間顧問をしました。当時の目標は延岡学園と小林に勝って全国大会に出場すること。自分がインターハイに行って以降、一度も全国大会に出ていなかったので使命かなとも思っていました。ただ、一つの大会でどちらかには勝っても両校に勝てず、全国大会に出場できませんでした。

——伝統と歴史のある小林高校への異動が決まった時の心境は。

できる限り母校で勤務したいという気持ちと母校を全国に、という使命感があったので葛藤はありました。でも「いつでも『今』を見ないといけない」と生徒に伝え続けてきたので、小林、しかも男子から女子にとなり「生徒に向き合って自分の答えを伝えていくことだけは絶対に続けていく」と宮崎工業の生徒に伝えて、小林に赴任しました。そこだけは貫こうと思っています。

——指導の中で重視していることは。

人間性の獲得になります。高校3年間で日本一という結果は素晴らしいものです。ただ、シュートがうまければ、今後の社会に役立つのかと言えばそうじゃない社会もある。バスケットから何を学び、独り立ちした次のステージで、自分らしく生きていけるか、やりたいことを貫けるか。小林でしかできない経験を積んで人間性を獲得するということを一番大事 にしています。

——憧れている指導者はいますか。

恩師の大浦慎一先生の影響が大きいです。私は中学校で市大会1回戦負けでしたので、宮崎工業も誘われたわけではなく、入学してみたら強かったんです。そこから高校バスケットが始まったので、高校で人生が変わりました。学校生活をきちんとした上で部活を頑張るという基本的な考え方があったおかげで、いろんなところに向き合う自分ができました。

——中学生からは小林の練習の雰囲気が良く、取り組む力が高いと聞いています。

どんな場面でも自分の表現が大事と思っています。大好きなバスケットをやっているので、自分の役割や立場で表現方法は一人ひとりあります。また、小林として表現したいものもあります。人間性という大きなキーワードの中で自分を表現すること。大きな声を出して表に見えるように、仲間に伝わるようにと毎日頑張ってくれていることが、結果的に良い印象を受け取っていただくことに繋がっていると思います。

普段生徒に話すことがすべて合っているとは思いません。自分の考えに賛成してくれる方もいれば、ちょっと大丈夫かと思う方もいるかもしれません。自分が獲得した知識を人に伝わるように教授できた時にその知識はしっかりと自分の中に落とし込めたと言えます。自分がトライしていることの1つがこのアウトプットです。生徒たちには、自分の学びを人に伝えられる人、そして影響力のある人にになってほしいと思います。

小林

「『今』を見つめて、自分の答えを返す」

——前任の前村かおりコーチをはじめ、小林の指導者が築いた伝統を引き継いで大事にしているものはありますか。

前村先生も転勤が決まってから思い入れのある生徒たちとの時間を過ごされたと思います。3月末まで遠征に行かれていたと聞いていました。自分も3月31日の夜7時ぐらいまで宮崎工業の体育館にいました。小林の男子に来てもらって、ゲームをして宮崎工業の最終日を終えました。ですから、引き継ぎをしていないんですよ。とにかくその時にいた3年生6人に話を聞かせてもらうスタンスから入りました。最初に「僕は自分の答えを返す」と伝えました。今までと同じではなく、伝統の継承と創造です。小林に関しては、勝つのは男女ともマストなチームという大前提がある。あとは勝ち方を自分らしくやっていくだけと思ってやっています。

——伝統の継承に加えて、ご自身のカラーを足しながら再構築していくのはいかがでしたか。

楽しいですね。生徒と一緒に過ごそうと思う時間は自分でコントロールできます。今の3年生は6名いますが、この生徒たちは僕が小林高校に赴任した時に入学してきた生徒です。1、2年生は8名ずつ在籍しており全体で22名で活動しています。この生徒たちとの時間を短いものにするのか長く過ごすのかは自分が決められることだと思っています。練習時間を短くすることや練習が終わって早く帰ることもできます。しかし、生徒たちとは長い時間を過ごしています。これはこの生徒たちといる時間が楽しいと思えているからだと思います。

——少人数だと個人へのアプローチがしやすく、目が行き届くのがメリットですね。

それはすごく思います。宮崎工業では50人規模。それでも全員でやりたいというところだけは、9年間大事にしてきました。遠征をピックアップにせず、試合に出られない生徒もいるけど大型バスに乗ってみんなで行く。最後の大会で3年生がエントリーできないとなった時に、ピックアップゲームでマッチアップさせて、納得いくまで競わせていました。最後の15枚目のユニホームは50人が2人を囲んで煽りながら1対1を15分、20分と延々と続けました。ドリブルもできないぐらいになります。どちらが選ばれるか両者が納得するまでやってきました。22人だと生徒と関われる時間は増えているので本当にいいなと思っています。

——女子への指導はきめ細かさが求められると言います。指導内容に違いはありました か。

まだ3年目だからか、男子と女子の違いについてよく聞かれるんですよ。あまり感じていなくて、本質的に「そんなの自分次第やん」と考えることが多いです。高くジャンプできるとかできないとか身体能力に違いがあっても、何かを目指して取り組む中で男女差というよりは個人差があると感じています。宮崎工業よりも小林の生徒たちは圧倒的に意識が高いし、続けることができるので、伝えた後のリアクションがうれしいです。リアクションが返ってくるまでに覚悟を持って待つこともあります。

2年前の4月3日に生徒に最初に言われたのが、「それ男子のメニューですよね」でした。ブロックを想定したレイアップの練習で、宮崎県には男女とも留学生がいるので留学生のいるところにレイアップに行けば、留学生は強制的にディフェンスに来ます。でも、普通にレイアップに行けばブロックが来る。 そこに違いがあるという話をして、留学生に向かってレイアップに行って相手がジャンプした時が勝負だぞ、と。「もし女子がやっていなければ、やればいいでしょ」というスタンスで接しています。