ドウェイン・ウェイド

写真=Getty Images

地元シカゴの大歓迎を受けたウェイド

2016-17シーズンのみの所属だったとはいえ、ドウェイン・ウェイドにとってシカゴ、そしてブルズは特別な場所だった。生まれ育ったシカゴで、幼い頃からブルズの選手を尊敬の眼差しで見つめ、いつかNBAでプレーする日を夢見て、バスケットボールをプレーし続けた。

そんな少年は、2003年にNBA選手になる夢を叶え、ヒートで3回の優勝を成し遂げた。そして2019年の春、彼はコートを去る決断を下した。1月19日、ウェイドは地元シカゴでの最後のブルズ戦に出場。ベンチから出場したウェイドは、ユナイテッド・センターに詰めかけたファン、来場した妻、母ら家族からスタンディングオベーションで出迎えられた。ブルズも、地元の英雄の功績を称える動画を制作し、彼のラストゲームに花を添えた。

ウェイドは、地元で最後の試合で14得点10リバウンド7アシストというトリプル・ダブル級の活躍を見せ、117-103での勝利に貢献。試合後には「他のどの都市とも異なる感覚だね。もちろん、良い意味で」と語った。「他の都市よりも、自分との関連性が多い。自分が生まれた土地で、NBA選手になるという目標を持った場所だから」

試合後、ウェイドは可能な限りファンからのサイン、写真撮影のリクエストに応じた。「腕が疲れたよ!」と笑顔で話した彼は、幼少時代を思い返し、地元でのラストゲームを締めくくった。

「幼かった頃、僕のコーチは父だった。周りのみんなと同じように、自分はいつだって点を決めたかった。バスケットボールを始めた頃、父は、そういう自分のプレーに感心してくれなかった。僕が30得点を決めても、父は褒めてくれなかった。僕は、父に認めてもらいたかった。ある試合で、10得点10リバウンド9ブロック9スティールを記録した。ほぼ全てのスタッツで数字を残した。その試合こそ、父が自分を最も誇らしく思ってくれた時だった。父に認めてもらうには、トータルチームゲームをプレーしないといけないと分かったんだ」

「それからは、そういう意識でキャリアを送ってきた。だから僕は、チームの勝利のために必要なことを実行した選手として、思い出してもらいたい。与えられた役割で、ベストを尽くした選手として思い出してもらいたい。自分は、仲間にとって良いチームメートであり、バスケットボールを代表する役割を担えたと思う。それらのことを、できなくなるまで自分なりの方法でやり続けられた選手になれたと思う」