ゲイブ・ビンセントの活躍がヒーローの弱点を浮き彫りにし、市場価値を下げることに
どの選手にとってもオフのこの時期は、身体を鍛え上げ、自分のスキルアップに勤しみながら、その努力がどんな成果をもたらすかを期待できる楽しみなものだ。例外は契約がなくプレーする機会のない選手と、契約はあってもプレーする機会がどうなるか不透明な選手だ。
タイラー・ヒーローはその後者に当たる。2019年の1巡目13位でヒートに指名された彼は毎年のようにステップアップし、3年目の2021-22シーズンにはシックスマン賞に輝き、オフには4年最大1億3000万ドル(約180億円)の契約延長に合意した。その2年前にバム・アデバヨが勝ち取ったマックス額には至らなかったが、3年目にして大型契約を結んだことで、今後の成功は約束されたように思えた。
しかしNBAは『一寸先は闇』である。4年目の昨シーズン、ヒーローはシックスマンから先発へと立場を変えて67試合すべてでポイントガードのスターターを務め、20.1得点、5.4リバウンド、4.2アシストを記録。ところが、申し分のないスタッツを残していても彼の市場価値は下がっていった。
理由は『守れない選手』だからだ。彼はNBAでプレーするようになって筋力強化を怠らなかったが、小柄でどうしても押し負けるシーンが出てくる。彼がプレーオフの初戦で手首を骨折して戦線離脱した後、同じように小柄でもフィジカルの強さでディフェンスでも存在感を見せるゲイブ・ビンセントがその穴を埋めた。ヒーローはNBAファイナルを目指してリハビリに努めたのだが、復帰への待望論は持ち上がらなかった。メディアもファンも「ゲイブ・ビンセントの方が良い」と気付いたからだ。
ルーキーイヤーからヒートの躍進に貢献し、成長し続けてきたはずが、気付けばデイミアン・リラード獲得のためのトレード要員となり、しかもトレイルブレイザーズからは不要とされている。トレードがNBAで当たり前に起こるビジネスであっても、ヒーローとしてはそう簡単に割り切れず、憂鬱な日々を過ごしていることだろう。
ヒートが獲得を狙うデイミアン・リラードも『守れない』選手だが、彼のオフェンス能力は突き抜けている。勝負どころで迷わずボールを託せる存在感はスタッツでは測れないもので、リラードやジェームズ・ハーデンのようなリーグの中でもごく限られた選手だけがそれに当たり、移籍市場でも自分の意見を押し通すことができる。その域に達していない選手はディフェンスで穴となることは容認されず、この課題を克服しない限りは重宝されない。
ヒーローに主力を務める十分な力量があるのは間違いなく、年俸が安ければトレードはすぐに成立しただろう。しかし、ゲイブ・ビンセントの活躍が皮肉にも、「残り3年9000万ドル(約120億円)は高すぎる」という印象をヒーローに与えてしまった。
ブレイザーズがヒーローを欲しがらないのは、ガードが多すぎるだけではなく、リラードとCJ・マッカラムの『守れない選手』を2人並べる体制で勝てなかったこと、さらにアンファニー・サイモンズも守れず、ルーキーのスクート・ヘンダーソンもサイズ的に大きな期待はできない状況で、これ以上『守れない選手』は抱えられないからだ。
ヒーローはこれまでずっと過小評価され、その反骨心をエネルギーに変えてNBAで成功を勝ち取ってきた。それにもかかわらず4年目を終えたオフにこれだけ評価を落とすのだから、今という時期を気分良く過ごせているはずがない。
過小評価はコート上で結果を出して覆すしかないのだが、今のヒーローはどこでその機会を得られるかが分からない。トレードの噂が出始めてすぐ、ヒーローはTwitterのプロフィール部分の画像を削除した。ヒートのユニフォームを着てシュートを放つ画像があった場所は、真っ黒に塗り潰されたまま、時間ばかりが過ぎている。