日本代表は2021年秋より、女子日本代表を東京オリンピックで銀メダル獲得に導いたトム・ホーバスヘッドコーチの指揮の下、『ファイブアウト』、『ストレッチ4』など身長の不利を補うべく様々な策を講じながらチーム作りを進めてきた。ホーバスヘッドコーチはまた、アナリティックバスケットボールを標榜し、3ポイントシュートをより多く狙い効率良く得点するといった、データの側面でも相手を上回ることを考えた戦い方を打ち出している。
日本代表やワールドカップを観戦するファンにとって、こうした数字やデータを理解することで、大会をより深く楽しむことができる。そこで今回、日本バスケットボール協会・技術委員会テクニカルハウス部会の部会長で、ワールドカップには男子日本代表のテクニカルスタッフとしてチームに帯同する冨山晋司氏に話を聞き、観戦歴の浅い人も含めた幅広いファンへ向けて、ワールドカップで日本代表の勝利の鍵を握る『注目すべき4つのポイント』を紹介してもらった。すでに始まっている強化試合も含め、観戦の際には参考にしてもらいたい。
70%のディフェンスリバウンド獲得率で「グッド」
──日本の永遠の課題である高さ、特にリバウンドについて教えてください。
ディフェンスはもちろん重要で、その中でもディフェンスリバウンドが一番大事です。『アドバンスドスタッツ(ボックススコアを掛け合わせて分析したスタッツ)』的な見方にはなるんですけど、日本代表は目標として相手のシュートミスの内の70%のリバウンドを取りたいです。ディフェンスリバウンドの割合を出す計算式はちゃんとあって、相手のオフェンスリバウンドと自分たちのディフェンスリバウンドを足して、それをディフェンスリバウンドの数で割れば出てきます。これをシュートミスの数でやろうとすると難しく、オフェンスリバウンドを数える際にボックススコアからやろうとすると、相手のフリースローのミスが2本目のミスだったかどうかが分からず、計算ができないのです。
──日本としては7割のディフェンスリバウンドを確保したい。
70%が僕らの考える「グッド」で75%以上なら「グレート」です。仮に相手が50回シュートミスをした場合、ディフェンスリバウンドを35本取れたらグッドとなります。37、8本なら75%なのでグレートということです。
FIBAのバスケットを見ていても、75%取れているチームは大体どの大会でも3チームくらいしかなく、70%超えているチームも上位半分くらいです。ディフェンスリバウンドを取るということは相手のシュートの回数を減らすことになりますから、やはり表裏一体なんですね。
ちなみに日本は2019年のワールドカップでのディフェンスリバウンドの割合が出場32チーム中、ダントツの最下位で59.2%でした。それが東京オリンピックでは64.4%になりました。この5%ほどを上げることは結構大変なんです。ただ65%になったといっても、それでもオリンピック出場の12チーム中最下位でした。ここはサイズのない日本としては、どのカテゴリーでも課題なので取り組んでいます。
女子日本代表は東京オリンピックで銀メダルを取りましたが、ディフェンスリバウンド割合は74%でした。アメリカと2回、フランスとも2回試合をしてのその数字だったので、実はかなりすごいことをやっているんですよね。ここはあまり世の中に伝わっていないところなのですが、間違いなくあの銀メダルという結果を導いた要因の一つであり、突出したすごい数字です。
日本代表の直近の国際大会での平均ディフェンスリバウンド数(カッコ内はリバウンド数総計)
2019年W杯アジア予選 | 2019年W杯 | 2021年東京五輪 | 2022年アジアカップ | 2023年W杯アジア予選 |
27.8(37.0) | 23.4(32.4) | 25.3(34.7) | 27.0(36.8) | 27.4(37.0) |
トランジションを増やせば増やすほど、理論上は得点が増える
──サイズで不利な日本代表としては速い展開からの得点が重要になりますが、まずトランジションの定義を簡単に教えていただけますか?
トランジションの定義は、基本的にはアウトナンバー(オフェンス側がディフェンス側より人数的に多い状態)でシュートを打つ、オフェンスが終わっていることです。もしくは最後は5対5になってしまっても、例えば5人が走り込んでいって、一番最後に来る相手のビッグマンがペイントを守るために中に走り込んで守っていて、オフェンス側の最後に走ってくるビッグマンがボールをもらってオープンだったからそのまま打つくらいまではトランジションでカウントしています。5対5にはなっているけど、ちゃんと相手の選手をピックアップできていないという状況ということです。それ以外はすべてハーフコートオフェンスというふうに分類をしています。
──2019年のワールドカップ、2021年の東京オリンピックでの日本のトランジションからの得点割合はどれくらいだったのでしょうか。
2019年のワールドカップでは総ポゼッションのうちの17.5%がトランジションからによるものでしたが、これが東京オリンピックでは12チーム中3位の18.1%に上がっています(同オリンピックでのトランジションでの平均17.3得点は同4位)。ここは2019年のワールドカップを受けてのオリンピックの成果の一つとして挙げているポイントです。
少しマニアックな言葉を使うとPPP(ポインツ・パー・ポゼッション。一般的に1以上が良いとされる)というポゼッションあたりの得点の期待値を示すものがあります。日本の東京オリンピックでのトランジションからのPPPは1.106でした。これは12チーム中10位と全体と比べると低いですが、日本のオフェンス全体のPPPは0.896(2019年ワールドカップでは0.79)なので、それと優秀な数値です。そのため、日本の場合はトランジションを増やせば増やすほど、理論上は得点が増えるということになります。
オフェンスの始まり方にはシュートを決められた後のインバウンドから、オフェンスリバウンドから、そして相手のターンオーバーからの3つがあります。その中でトランジションが出やすいのはどういう時かと言えば、先ほどもお話ししたターンオーバーになります。具体的にはスティールですね。なので、ディフェンスでいかにターンオーバーを誘うかというところはトランジションの得点にも繋がってきます。実は東京オリンピックでの日本は相手の得点後からのトランジションによる得点も増えていたんです。ラマスさんはそこをすごく意識してやっていました。インバウンズを速くしたいというのはトムさんのチームでも変わりませんが、やはり一番多く点を取れるのはスティールなどのライブターンオーバーからになるのは間違いありません。
日本代表の総ポゼッションにおけるトランジションからの得点割合(%)
2019年ワールドカップ | 2021年東京オリンピック |
17.5% | 18.1% |
──今回は噛み砕いて説明をしていただき、ありがとうございました。
シュートの成功率でもなんでも、数字を説明する前に、そもそもそれが「良い数字なのか悪い数字なのか」という基準値を分かっていることが大事なんじゃないかと思うんです。例えば野球で3割を打っていたらすごいバッターだというのは日本で浸透しているじゃないですか。対してバスケットでは、たとえば3ポイントシュートの成功率が38%だったりすると、本当はすごく良い出来なのに「不調」などとメディアで紹介されたりもします。なので、数字の「良い、悪い」の基準を示すことも大事なのかなと思いながら、説明させていただきました。
──ワールドカップが迫っています。グループリーグの相手はドイツ、フィンランド、オーストラリアと強豪が相手です。テクニカルスタッフとして臨む身としてはどういう気持ですか?
日本代表にとってはチャレンジになりますが、どの相手も親善試合やワールドカップ予選で勝ったことのあるチームですし、前向きに考えています。
──3チームともNBAのスター選手がいますが、個々の選手のスカウティングも冨山さんなどテクニカルスタッフがするのでしょうか?
もちろん、僕らは相手が「こういうことをしてくる」ということに対してできる限り準備をして、コーチ陣に提案をします。例えば、ドイツは基本的にデニス・シュルーダーをどうやって守るかという話がメイントピックになります。彼がボールを持ってピック&ロールをしてくるのが6割、7割くらいになると予測しています。シュルーダーは、河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ)のディフェンスを結構嫌がる、良い勝負をしてくれるでとにらんでいます。選手たちもそういうところを楽しみにしていると思いますし、僕らスタッフも勝てると信じてやっていきます。
●冨山晋司(とみやま・しんじ)
1981年5月12日、東京生まれ。bjリーグ時代の岩手ビッグブルズや千葉ジェッツでヘッドコーチを担い、大阪エヴェッサ在籍時にはアシスタントGM兼アナライジングディレクターを務める。2021年から日本協会でテクニカルハウスでスタッフとなった。テクニカルハウス部会は昨年6月に「テクニカルレポート2021」を公開し、東京オリンピックにおける男女5人制、3人制日本代表チームの成果などをデータを用いながら紹介。男子5人制チームについては、2019年ワールドカップから同オリンピックでどれだけ進歩したか等もこれを読めば分かる内容となっているが、冨山氏も作成に関わっている。