桶谷大

シーズン当初からブレずに貫いたタイムシェアのチームバスケが大舞台で爆発

今年のBリーグファイナルは、琉球ゴールデンキングスがレギュラーシーズンで最高勝率のリーグ記録を更新する圧倒的な強さを見せた千葉ジェッツを相手に2連勝を達成。Bリーグ誕生後では初のタイトルを獲得した。

琉球の大きな勝因となったのは、優勝を決めた第2戦で21得点とシーズンベストのパフォーマンスを見せたコー・フリッピンを筆頭とするセカンドユニットの活躍など層の厚さで千葉Jを凌駕したことだ。そして、このチーム力の底上げこそ、桶谷大ヘッドコーチがシーズンを通してブレずに取り組んできた部分だ。

シーズン中盤までの琉球は、セカンドユニットの調子が上がらずに苦しんできた。しかし、そういった状況でも桶谷ヘッドコーチは9人、10人でプレータイムをシェアする戦いを続けてきた。様々なトライ&エラーを繰り返すことで、お互いに特徴をより深く理解し、連携が成熟していった。また、どんな時でもプレータイムをシェアすることは、過密日程を故障者なしで乗り切るために指揮官が重視したコンディション管理にも直結している。チャンピオンシップをベストな状態で迎えるための強化プランをどのチームも開幕前に策定するだろうが、実際にそれを貫くことは難しく、どうしても目先の勝利に囚われた采配を行ってしがいがちだ。経験不足からミスを重ねた若手の起用を減らし、ベテランに多くを委ねてしまう。主力に故障があった時、ベンチメンバーにチャンスを与えるのではなく、すでに多い主力選手のプレータイムをさらに増やす。その結果として、新たなる主力の故障が誘発されて苦しむチームは少なくない。

しかし、桶谷ヘッドコーチは周囲からの様々な声がある中でも、自分の信念をブラさずに貫き通した。指揮官の采配、チーム作りに揺らぎがなければ、チームは自然と一つに団結していける。こうして琉球のチーム文化であるハードワークと自己犠牲による堅守に、各選手の個性を生かした多彩なオフェンスが加わり頂点に立った。

桶谷大

「キングスは僕のバスケット人生を本当に作ってくれているチームです」

これで桶谷ヘッドコーチは琉球にbjリーグでの初優勝に加え、Bリーグでの初優勝と2つの大きな栄冠をもたらしたことになる。9年のブランクを経て復帰し日本一をつかんだように、一見すると指揮官と琉球にはポシティブな歴史しかないように思える。だが、桶谷ヘッドコーチにとって琉球は一度、絶望に突き落とされる経験を味わされた相手でもある。Bリーグ初年度、大阪エヴェッサのヘッドコーチを務めていた時には、レギュラーシーズン最終節でアウェーに乗り込んで琉球と対戦。2試合の内、1勝すればチャンピオンシップに出場できる中、初戦で第3クォーター途中に20点の大量リードを奪っていながらまさかの逆転負け。翌日の試合も敗れる痛恨の連敗で、琉球に逆転でのチャンピオンシップ出場を許してシーズン終了となった苦い思い出もある。

酸いも甘いも嚙み分ける関係ではあるが、桶谷ヘッドコーチは琉球への感謝を強調する。「キングスは僕のバスケット人生を本当に作ってくれているチームです。自分のキャリアを高められたことで、いろいろなチームが呼んでくれるようになりました。ずっと18年間ヘッドコーチを続けられているのは、キングスで優勝したからです。そして沖縄アリーナができて、日本一になるためにチャンスをもらえました。その恩返しができて良かったと思います」

また、2年前に琉球からオファーをもらった当時の心境について「正直、オファーをもらった時、一番自分が混乱していました。『B2でB1昇格の結果を出せなかったのに、本当に自分でいいのかな?』という思いはありました」と、振り返る。当時の桶谷ヘッドコーチはB2の仙台89ERSでB1昇格に失敗した直後で、その実績から懐疑的な見方もあった。

それでも琉球への感謝と愛着からチャレンジに迷いはなかった。「僕にとってキングスは本当に特別なチームです。だから声をかけてもらって『ノー』という選択肢はなかったです。プレッシャーよりも戻ってこられるうれしさが大きかったです」

この古巣への愛着は、何も自身に限ったことではないと続ける。今回のチャンピオンシップ、桶谷ヘッドコーチの前に琉球で指揮を執っていたコーチが試合観戦に来ている。そこは桶谷ヘッドコーチの人徳と思われるが、「僕もキングスをやめた後、キングスの試合を見ていました」と語る。「キングスにいた人は結局、キングスのことが気になる。それぞれがキングスで育ち、佐々(宜央)さん、藤田(弘輝)君もファイナル4に行って少なからずキャリアアップに繋がっています。キングスは彼らにとっても特別な球団ではないかと思います」

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「チャレンジしていくことで経験が自信に繋がって良いコーチになっていく」

今回の琉球の優勝は、東地区以外の首都圏から離れた地方のチームが初めてつかんだタイトルという面でも脚光を浴びている。マーケットの規模で大きなハンデがある地方のチームでも頂点に立てることは大きな意味を持つが、同時にあらためて注目すべきは長年の歴史が積み重ねるチームカルチャーの強さだ。

ここ数年のBリーグでは運営会社が買収によって変わり、資金投入による大型補強でチーム力を高めるケースも珍しくない。それは効率的かつ、サラリーキャップ制度のない自由競争のBリーグにおいては王道と言えるものだ。しかし、長年の積み重ねによって作られるチームカルチャーはいくらお金をかけてもすぐに得られるものではない。そして、確固たるカルチャーが生み出す結束力、チーム力は圧倒的な個の能力を上回ることができる。それは日本代表の主力や、大きなアドバンテージを作り出せる大物帰化選手など、傑出したタレント力を持っている訳ではない琉球が西地区6連覇からの2年連続ファイナル進出、今回の優勝と常勝チームになっていることが何よりも証明している。

また、忘れてはならないのは、指揮官が変わってもハードワーク、チーム全員の自己犠牲といったカルチャーを維持できている点だ。指揮官の変更によってチームカラーが一気に変わることは珍しくない。だが、琉球にはキース・リチャードソン、森重貴裕と10年以上に渡って在籍するコーチングスタッフ、同じく生え抜きで長期在籍の岸本隆一、田代直希がいて代々の指揮官がチームのレガシーを尊重してきた積み重ねがある。それは桶谷ヘッドコーチも同じであり、こうして頂点に立っても次のような信念が根底にある。「これまでキングスを成り立たせてきた人たちが紡いできたカルチャーを継承し、しっかり次の世代に繋げられるように頑張ろう。その気持ちでやっています」

このように今回の琉球の優勝は、1年毎にシビアに結果が問われるプロスポーツの世界においても、芯の部分ではブレてはいけない、継続していくことの大切さを証明するものとなった。そして、この継続こそ桶谷大というコーチの強さでもある。日々、過酷なプレッシャーにさらされるヘッドコーチを一度も途切れることなく、18シーズン連続で務めてきた経験、胆力が土台となっている。また今回、桶谷ヘッドコーチは大野篤史、安齋竜三に次ぐ3人目の日本人優勝コーチとなるが、高校時代から全国レベルの知名度を誇るトッププレーヤーとして活躍していた2人と違い、選手としての実績皆無の叩き上げから頂点に立った初めての存在となる。

Bリーグ誕生でコーチの門戸も広がり、今では選手としての実績のない叩き上げのコーチも増えている。しかし、外国人指揮官も増える中、ヘッドコーチの座を得るのは困難な道のりだ。桶谷ヘッドコーチは、自分と同じ道のりを歩んでいる後輩コーチに次のようなエールを送る。「どんなこともやり続ける、チャレンジしていくことで経験が自信に繋がって良いコーチになっていきます。元トッププレーヤーの経験がなくてもコーチを目指す人がどんどん増え、勝てることを証明していく。そして『世界に行くぞ』という日本人コーチが出てきてくれることを望んでいます」

様々な意味でエポックメーキングとなる今回の琉球だが、チーム初のタイトルをもたらした桶谷ヘッドコーチの下、Bリーグ初のタイトルを獲得したことは、『継承』を何よりも大事にする琉球らしさの象徴だった。

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