佐古賢一

文=鈴木健一郎 写真=前田俊太郎

東京オリンピックが日本バスケットボール界にとって重要なマイルストーンであることは言うまでもない。協会の体制が一新され、Bリーグがスタートし、日本代表の強化方針が明確に定まった。この数年の改革の多くが「2020年」を将来のバスケットボール界発展のための一里塚として捉えて行われたものだ。

現役時代に日本最高のポイントガードとして『Mr.バスケットボール』と呼ばれた佐古賢一は、引退後に指導者に転身。フリオ・ラマス体制でアシスタントコーチを務めるとともにアンダーカテゴリーの育成にも着手している。Bリーグができて多くの人に興味を持ってもらえるのはいいが、コート上で見せるバスケットの質が上がらなければ本末転倒となる。東京オリンピックを翌年に控えた今、危機感と責任感を持って職務に邁進する佐古に話を聞いた。

「2024年の五輪に行くには早い段階での育成が必要」

──アンダーカテゴリーの日本代表についても、佐古さんが担当することになりました。トップとの掛け持ちは相当大変なはずですが、どんな思いで引き受けたのでしょうか。

今までのアンダーカテゴリーは強化がマストだったんですよね。U16のアジアで結果を出し、U17ワールドカップに挑戦する。U18とU19も同じです。しかし、私が引き受けた理由は強化じゃなく育成を重視するからで、その年代の中で勝つことを目的にしません。

これからは(八村)塁と(渡邊)雄太の年代が中心になってチームが組まれていきます。そこにどんな選手を成長させて当てはめていくか。そこで見ているのは2024年のオリンピックです。予選を突破して、2大会連続でオリンピックに行く。そういう思いがあって今回のU16とU18を引き受けました。

──2024年にパリで行われるオリンピックは「開催国枠を認めてもらう」なんて抜け道はなく、正真正銘の自分たちの力で出場権を勝ち取らなければいけないですね。

はい、自分たちで出場権を勝ち取らないといけない。今回オーストラリアに勝ったことで、世界トップ10のチームに日本が喰らい付いていけることは分かりました。そこから先に行くには早い段階でのタレントの育成を進める必要があると思います。

──ただ、これまでも育成には力を入れてきたはずです。強化ではなく育成を、という方針に切り替えることで、具体的には何が変わるのでしょうか?

私も小さい人間ですし、バスケットに小さい選手が必要なことは分かっています。でも、サイズアップしていかなければいけないのも間違いないことです。今の中学や高校のチームでやっていることも育成ですが、それと日本代表が目指す終着点が違うところもあります。

中学生で190cmあったら大きいけど、190cmの比江島は国際大会になればむしろ小さいガードです。中学や高校ではインサイドしかさせないところを、我々は早くガードに挑戦させる、その場を与えなきゃいけないんです。NTC(ナショナルトレーニングセンター)に来たからにはプライドを持って挑戦してもらわなければいけない。U16とU18の選手を全員引き上げようとは思っていません。チャンスを提供して新しい知識を与えることで、世代ごとに1人か2人でいいから、世界で戦える選手を育てなければいけない。

──学校教育の中での部活動とは真逆の考え方になりますね。

待っていれば『10年に1人の逸材』は出てくるかもしれない。でも、今までのサイクルでは10年に1人か、あるいは出て来ないか。それを待つんじゃなく毎年出していき、2024年に向けて塁と雄太に食い込ませていく。彼らと同じレベルで競わせる選手を作り出すんです。それが私の主張であって、それができるならとアンダーカテゴリーも引き受けることにしました。

今までのやり方だと、15歳の優れた選手がいてもトップでやれるのは10年後です。我々はそれを待たず、3年後か4年後には塁や雄太と一緒にやらせられるように、どんどんチャレンジさせて、どんどん引き上げていく。目指すべき選手に早く肌身で感じさせることが必要です。

佐古賢一

「塁や雄太は奇跡、『その次』は我々が育てる」

──ファジーカス選手が5番、八村選手と渡邊選手が4番3番をやって、となると、日本代表の状況は「世界で戦うためにガードをどうするか」、特にポイントガードの人材が大事になります。オールドファンからは「佐古賢一が現役だったら」という声も出ているようですが(笑)。

そう言ってもらえるのはうれしいですけどね(笑)。決して小さい選手を排除していくわけではありません。今で言えば富樫(勇樹)です。必要なのはスペシャリストだし、小さい選手にしかできないこともあります。大きな選手とは反対に小さい選手は数が多いので、バスケを始めた時から常に生存競争を強いられていて、常に変化を求められています。そういう意味では富樫はスペシャルな選手です。

それと同時に大きなガードを作ることができるのであれば作らなければいけません。我々としては「100%いける」という選手を作るのではなく、「ガードの可能性が10%ぐらいあるね」という選手の可能性を80%まで引き上げる、そのための環境作りをやります。もしかすると、「何を血迷っているんだ」、「こんなに下手なのに平気なの?」と思われるようなコンバートをするかもしれない。成功するかどうかは分からないけど、その環境を作っていくしかないです。

サイズアップにしてもタレントの発掘にしても、バスケットに携わっている以上は一生やり続けていくべき課題です。そういう意味では今こうして応援してくれるファンの皆さんが、塁や雄太に注目して、「その次に誰が出てくるの?」と期待されると思うので、それを我々が育てていきたいと思います。待っていても意味がないので、やるしかありません。

──広島のヘッドコーチだった時期の取材で、佐古さんは日本代表について「ここで勝負をする世代、というものを作らなければいけない」と話していました。毎年の大会が負けられない勝負と認識していた私には特に印象が強い言葉だったのですが、それから1年ちょっとで日本は明確な『勝負の世代』を持つようになりました。これは佐古さんにも想定外だったのでは?

そうですね。奇跡ですよ(笑)。そこに自分が携わることができるのは運命だと思っています。2020年の後に2023年のワールドカップがあって、これは沖縄開催です。その次が2024年のオリンピック。この2つの大会に向けてターゲットエイジを成長させなければいけない。このタイミングで日本は勝負しなきゃいけないんです。今ここで育成をやらないと日本は先に進めない、育成を引き受けるなら今がラストチャンスだと思いました。

──佐古さんは少し前まで現役だったイメージで、今もエネルギッシュだし、「ラストチャンス」という言葉には違和感があります。

バスケットは毎年変化して、進化するものです。10年後には僕は置いて行かれますよ。アンダーカテゴリーの指導には体力も必要です。そこについていけなくなったら代表だけを見て、アンダーカテゴリーは若いコーチに任せなきゃいけない。今だからできると思っています。

佐古賢一

「2020じゃなく、2019で世界にアピールを」

──将来的には佐古さんが日本代表のヘッドコーチになるイメージを周囲は持っていると思います。佐古さんご自身はどう考えていますか?

みんなそれを言うんですけど、それはその時にならないと分かりません(笑)。

──では質問を変えますが、この1年でコーチとして最高の経験ができているのでは?

それはあります。ものすごく勉強になっています。広島のヘッドコーチを引き受けた時はコーチとしての経験がなく、自分の小さなバスケット観で通した3年間でした。でも今は、広島でやっていた「シーズンで最も大事な連戦」がずっと続いているぐらい濃密で、自分としてもそう受け止めてやらなければいけないと思っています。

ラマスがチームをどうやって作っていくのかを見て、それがどんな結果に繋がっていくのかも分かって、あの時のこの結果が財産になっていく、それをすぐ近くで見ることはすごく勉強になります。自分の視野がすごく広くなっていると感じます。

──試合には勝ち負けがあるものですが、それは別として、今の日本代表は世界に打って出て恥ずかしくないチームになった自信がありますか?

恥ずかしいか恥ずかしくないかは見ている人が思うもので、我々はいつも自信満々です。結局いつだって自信満々で、やった結果が勝ちだったり負けだったりしますが、自信を持たずに戦っている選手は一人もいません。

──なるほど。その選手たちの意識は、Bリーグになって良い方向に変化しましたか?

十分なっています。まあ、普通の方々が言うプロ意識は練習をしっかりするとか体調管理だと思いますが、本当のプロ意識はバスケットにしっかり向き合えているかどうかです。向き合えている人間だからこそ戦えるんです。

見ている人にはピンとこない話かもしれませんが、日本代表の選手たちが受けているプレッシャーは尋常じゃないものです。私も含めて今回のWindow5は2試合やるだけで体調を崩すことが多くて、それだけ緊張感が違うものでした。そういう中で戦わなければいけないし、責任も問わないといけない。それはかなりキツいことで、本当にバスケットに向き合えていない選手にはできないことです。私が現役だった当時の日本代表にももちろんそういう選手が集まっていましたが、そういう選手が増えていると思います。

──東京オリンピックを翌年に控えた2019年、日本代表がやるべきことは何でしょうか?

世界に羽ばたく年にしなきゃいけない。2020じゃなく、2019で世界にアピールしないといけないです。ワールドカップへの出場はマストに課されている責任であり、そこに対して自分たちが持つ100%の力を持って臨む、日本代表は今、言い訳しない良いチームになってきました。そこは塁や雄太がいなくても、何としてでもこじ開ける。まずはそこに挑戦します。そしてワールドカップに出て、日本をアピールしたいと思います。応援よろしくお願いします。