NCAAデビューを果たした八村塁、独占インタビューvol.1「いろいろな人の支えでコートに立つことができました」

2016/11/24
NBA&海外
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文=宮地陽子、小永吉陽子 写真=小永吉陽子

開幕3戦目、ゴンザガ大の応援席から『ルイ!』のコール

ロッカールームから出てきた八村塁は、ほっとしたような笑顔を見せた。胸にゴンザガ大のマスコット、ブルドッグのロゴが入ったウォームアップ・ジャケットを着て、背中にはバックパックを背負っている。身体つきは日本にいた頃より明らかに一回り大きく、がっちりしていた。

この日(アメリカ時間11月18日)、ブライアント大との試合での出場時間は、勝敗が決した後のわずか5分。それでも、その短い時間の中で、スティールからの速攻でレイアップを決めた(NCAA公式戦での初フィールドゴール成功)。他にも持ち前の運動能力を生かした2本のブロックで会場を沸かせ、スタンドの学生応援席からは『ルイ! ルイ!』のコールが響き渡った。

八村は、その1週間前の11月11日のユタバレー大との試合でNCAAデビューを果たしていた。『レッドシャツ』(※1)としてシーズンを送るか、1年目からユニフォームを着るかの判断が下されたのは開幕戦の直前。そしてこの18日の試合が、開幕3戦目だった。まだローテーション入りはしておらず、勝敗が決した後にようやくコートに立つことができる立場だ。

それでも、そういった苦労は分かった上で──いや、むしろそういったチャレンジを求めての渡米、ゴンザガ大への入学だ。開幕前から全米トップ25にランキングする強豪校(※2)でローテーション入りすることは簡単ではない。そんなことは分かっていた。それに、八村は試合を経験するごとに少しずつ、しかし確実に、自信をつけているようだった。

大学に入って以来、ヘッドコーチの配慮で、勉強とバスケットボールに集中するために取材を受けてこなかった八村だが、今回この日の試合後、特別にインタビューに答えてくれた。

「ああ~、久しぶりのインタビューです」と言う本人によれば、日本を飛び立った5月以来、半年ぶりのインタビューとのこと。渡米から半年が経ち、ゴンザガ大の一員としてスタートを切った八村塁の声を聞いた。

編集部注
※1 基準の学業成績を満たせない場合や、負傷などの理由により、練習には参加できるが試合登録されない立場の選手。
※2 開幕前のAPランキング(メディア投票)14位、『USA Today』ランキング(コーチ投票)13位。シーズンが開幕して最新のランキングでは両方とも11位。昨シーズンのNCAAトーナメントではスウィート16(全米ベスト16)。

「レッドシャツではなく選手登録することを自分で選んだ」

──フレッシュマン(1年生)として、レッドシャツではなく選手登録されました。その感想は?

八村 はい、こっちに来る前から順番があったんです。プランA、B、Cがあって、プランCがプレップスクール(※3)に1年行ってからゴンザガに来ること。Bがゴンザガに入って、最初からレッドシャツでやること。Aが一番良くて、ゴンザガに入ってレッドシャツにしないでやることだったんです。

それで、一番良いプランで入れたんですけど、これは本当に周りの人のおかげです。日本で支えてくれた人もいますし、コーチやケンさん(チームスタッフで日本語を話せるゴンザガの大学院生)や、本当に色々な人が支えてくれて。僕、あんまり勉強が得意な人じゃないんですけど、学校でも先生が本当に協力してくれて、そういうところでもいろいろと協力があって、ここに立てたんじゃないかなと思います。本当にうれしいです。

──ぎりぎりまで選手登録が決まらなかったですよね?

八村 はい。ぎりぎりまで決まらなかったです。

──最終的にはいつ決まったのですか?

八村 試合の直前です。僕とコーチが一緒に話し合って決めるんですけど、ユニフォームを着るか着ないかで話し合って、本当に直前に、『やりたいならレッドシャツにしなくてもいい』って言われて。『じゃあ、やります』と言いました。

──ヘッドコーチから「やりたいならレッドシャツにしなくていい」と言われ、その決断を自分でしたということですか?

八村 そうですね。レッドシャツにしようと思えばできるけど、成績の基準には達していて、一応出られるからという話で。でも『もっと大変になるけどいいか?』という話です。それで僕がレッドシャツにしないという決断をしました。

──勉強が大変なのはもちろんだけれど、試合でも、最初のうちはローテーションに入れないし、プレータイムも短いことが予想されますよね。そういったことも全部説明を受けて決めたことですか?

八村 はい。その上で僕が『OKです』って、レッドシャツにはしないと言いました。

──やっぱりプレーがしたかった?

八村 やっぱり1年間ずっとベンチに座っているよりは、試合に出ないかもしれないですけど、気持ちの準備だけでもできたら……。1年間、気持ちの準備をせずに、試合の感覚を忘れてしまうのは嫌なので。今でさえも公式戦と言ったらウインターカップから1年経っているじゃないですか。また1年経って、2年間も試合前の雰囲気とか、その前の準備とか、心の準備とか、緊張とかも忘れてしまったら、そこからプレーが戻ってくるのは難しいんじゃないかなって僕は思って。

すごく大変かもしれないけれど、試合に出られなくても、気持ちの準備をできるだけでも、それだったらレッドシャツにならないほうがいいなと思って、こっちを選びました。

編集部注
※3 バスケットボールと学業の両方を学べる、進学のための準備学校。

「この6カ月、本当に本当に勉強しました」

──ここまで達するのに、勉強がすごく大変だったと思うのですが、その手応えは?

八村 はい。すごいです。この6カ月間の勉強が、僕の今までやってきた全部の勉強 に達するくらいなので……。もう、やばいです。本当に、本当にやりました。

──ここからが、また大変ですよね。授業をやりながら練習もやらなくてはいけないので。

八村 はい。もっと大変だと思います。今は実際、ESL(English as a Second Language=第二外国語としての英語)の英語の授業ばかりやっていたんですけれど、(この先は)アンダーグラジュエイト(大学学士過程)の授業も受けないといけないので、もっともっと大変になってくると思うんです。その分、練習とかもあまりできなくて……。僕の授業の都合で、チームが朝練をしてくれたりということもあったので。

──八村選手の授業のスケジュールに合わせて、練習予定を朝にしてくれたということですか?

八村 みんな、朝5時に起きて朝練をしてくれて。僕のため、というわけではないんですけど、でもみんなは僕のためだって言っています。そういうところでも、チームはすごい面倒を見てくれて、すごく期待があると思うんです。その期待に応えなくてはいけないと思います。

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