「僕は誰と仕事をするのかというのを結構、重要視しているんです」
ヘッドコーチをずるずると続けるのではなく、一度、歩みを止めてみよう。
それが安斎竜三の出した答えだった。
昨シーズン限りで宇都宮ブレックスのヘッドコーチから勇退した。退任発表時に、「優勝したのにもったいない」とか、「Bリーグの最優秀監督賞に選ばれるほど高い評価を受けているのに……」という声がなかったわけではない。ただ、どのような結果になろうとも、シーズンが終わる前の時点で退任を決めていた。自身の中での引き出しが出てこないような気がしたこともあったし、あるいは自分の指導について客観的な立場から考察することがコーチとしての成長に繋がっているという思いがあったからだ。
「ヘッドコーチをやっている時って、相手チームの試合を見ても、(勝つことが仕事の一部だから)自分たちが対戦する時の視点になってしまうので、そこから発見や学びがなかなか生まれてこないものなんです。『こういうバスケットもあるんだ』とか、『こういうことがあるとチームは上手く機能しないな』と発見したり、自分の中にあるバスケに対する考えをビルドアップしたかったんですよね。僕は将来もずっとヘッドコーチをやると決めているわけでもなくて、GMをやるかもしれない。でも、どの道にせよ、今はそのバスケに対する考えをビルドアップする期間を設けたかったんです」
ただ、明確に「これをやる」と決めた上で、退任を決めたわけではない。「実は、やりがいを自分の中で見出だすことが結構難しかったです、ブレックスを辞めると決めてからも」
それは何故だろうか。「例えばブレックスでは鎌田(眞吾)GMの存在がありましたよね。昔からずっと鎌田さんと一緒だったので、『あの人を勝たせるために』というのは大きなモチベーションだったんです。僕は、誰と仕事をするのかというのを結構、重要視しているんです」
安斎はブレックスの創設期に選手として加わり、そこから選手、キャプテン、アシスタントコーチ、ヘッドコーチとして15年を過ごしてきたことは有名だが、その前のキャリアは意外と知られていないかもしれない。
そもそも安斎は、拓殖大を卒業後、大倉三幸という企業の実業団のバスケットボール部でプレーしていた。ただ、幼少期からバスケにすべてを捧げてきたし、同学年には2022年になった今なお、現役選手として活躍する田臥勇太や五十嵐圭がいるくらい、黄金世代の中だった。彼らが大学卒業後もバスケで脚光を浴びているのを見て、自分の立ち位置に違和感を覚えていた。そんな時に当時の大塚商会からオファーを受けた。大塚商会が当時のJBL2入会を目指して強化に乗り出すタイミングだった。その時のキャプテンが、あの鎌田である。
そこで大塚商会入りを決めるのだが、そのオファーを受諾したのは入社1年目のタイミングだった。入社1年目の社員が辞めるなんてとんでもない、という風潮があった時代だった。ただ大倉三幸と大塚商会は偶然にも、ビジネス上の関わりがあったので、当時の大塚商会の役員が「安斎はウチが5年は面倒みるから」と大倉三幸の社長に頭を下げることで、特例として移籍を認めてもらった。
しかし、いざ大塚商会に入社すると、大倉三幸と同じように普通のサラリーマンとしての毎日が待っていた。何のために会社を移ったのか。
越谷の会長との数奇なめぐり合わせ
そう考えた安斎は、当時の担当者に掛け合って、バスケに打ち込める環境を用意してもらった。ただ、それでもなお、田臥や五十嵐のような選手たちと置かれていた立場には、天と地ほどの差があるように感じた。そんなタイミングでBリーグの前身の一つである、完全プロリーグのbjリーグが誕生した。そこで安斎はbj入りを望み、大塚商会を辞めようと決意するのだが、それもまた、入社から1年ほどのタイミングだった。
「前の会社も1年で辞めて、次の会社もまた1年で辞めて、普通だったら考えられないような社会人でした。ただ夢を追うだけの若造ですよ(苦笑)」
そこでも、最終的には自身の夢を伝え、大塚商会に入社した直後に掛け合った人物に頭を下げ、社内の調整をお願いして、最終的には穏便な形で退社は認められた。「僕が大塚商会に入った時にも、大塚商会を辞める時にも本当にお世話になった人が、今の(越谷アルファーズの)会長なんです」
「その後、僕はさらにブレックスに移ってからも会長は何かと気にかけてくれていて、ことあるごとに相談に乗ってもらっていたんです。そして、その会長に『アルファーズを良いチームにしたい』、『B1に昇格させたい』という夢を語ってもらったうえで、『力を貸してほしい』と声をかけてもらったんです」
ブレックスにいた15年間をかけて、鎌田にはひとまず恩は返せたという実感があった。そして、安斎の生き方は、自分の責任に全力を注ぐこと。そのためには、どんなお金や権限を与えられるよりも、どんな人たちと、どのような目標を持ってやるかが大切になる。「『ここで声をかけてくれた会長に恩返しをしたいなぁ』と思って、今回の仕事をやらせていただくことになったんです」
かくして、前年のB1で優勝を飾ったヘッドコーチが、B2のチームのアドバイザーに就任するという、前代未聞の『転職』が実現したのだった。
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