タイラー・ジェンキンス

ロスターに30代の選手がいないグリズリーズを西の2位に導く

NBAプレーオフカンファレンスセミファイナルには4人の37歳がいました。セブンティシクサーズのポール・ミルサップはプレータイムも少なくベテランとしてチームを支える役割でしたが、対戦相手のヒートではPJ・タッカーがハードに戦うロールプレイヤーとして貢献し、そしてサンズのクリス・ポールはマーベリックスから徹底マークを受けながらも、『GAME7』まで戦い抜きました。いずれの選手も熱いハートを感じさせるタイプですが、同時にベテランとしての経験を生かして貢献していきます。

もう1人の37歳は選手ではなく、グリズリーズのヘッドコーチであるタイラー・ジェンキンスです。選手としてはベテランの領域の年齢ですが、コーチとしては若手も若手であるジェンキンスは、刻一刻と変化する現代バスケを代表する柔軟なコーチングで、チームを西カンファレンス2位へと導きました。ロスターに30代の選手は誰もいないどころか、キャリア5年以上の選手も3人しかいない若きグリズリーズは、選手だけでなくヘッドコーチも重要な経験を積んだプレーオフでした。

グリズリーズは現代では珍しく5つのポジションそれぞれに複数の選手を揃えています。オーソドックスな戦い方をベースとしながら、ビッグマンを並べることも、3ガードにすることも可能なオールラウンダーも揃えており、柔軟な戦い方もできるチームです。今シーズンのエグゼクティブ賞に選ばれたザック・クレイマンも33歳と若いながら、見事なロスター構成を作り上げました。若手ばかりにもかかわらず『リーグで最も層の厚いチーム』と評されています。

対戦相手の特徴に合わせた柔軟な戦い方は、ジャ・モラント不在でも勝利を重ね、また試合中の局面を切り取っても、タイムアウト明けに見事なプレーコールで高確率で得点へと繋げており、37歳のジェンキンスの采配こそがグリズリーズ最大の武器なのです。

タイラー・ジェンキンス

『戦略よりも個人の進化』を重要視?

しかし、このプレーオフではウルブズとウォリアーズの弱点を使うのではなく、相手の戦い方を受け入れる采配をしました。シーズンで見せた緻密な戦略よりも『選手が自分で何とかしろ』と言わんばかりの采配は『勝利よりも成長を優先』しているようにも見えました。そして選手もそれに答えてしまうのが、若いチームながらグリズリーズの恐ろしさでもありました。

アウトサイドシュートのないモラントはマークマンから離されて守られます。通常であればスクリーナーを用意してドライブコースを作ったり、モラントを囮にしてウイング陣のシュート力を活用するなど、いくらでも解決策はありました。しかし、モラントに『何とかしてみろ』とでも言わんばかりに、スクリーナーを用意することはなく、そしてモラントは見事に3ポイントシュートを決めれば、離されてもキレのあるドライブで切り裂いてしまいました。

昨シーズンを思い出すと、戦略に変化をつけられないバックスも同じ様に弱点を狙われていきましたが、最後は常にヤニス・アデトクンポが各シリーズの中で驚異的な進化を見せて克服してしまいました。バックスのヘッドコーチであるマイク・ブーデンフォルツァーの下でコーチングを学んできたジェンキンスだけに、優勝のために必要な要素を戦略よりも個人の進化に求めたのかもしれません。

シーズン2位で進みながら、3位のウォリアーズに負けてしまったことは、ジェンキンスの采配問題もありました。しかし、選手達は見事な成長を見せており、緊迫した舞台で多くのプレッシャーがかかる中、相手のペースであっても立派に戦い抜きました。目の前の勝利よりも、選手の成長こそがジェンキンスの狙いだと思えるほどの進化でした。