スティーブ・カー

「もしニックスを選択していたら、2年以内にクビになっていただろう」

2014年5月、ウォリアーズはスティーブ・カーをヘッドコーチに招聘した。

それまでチームの指揮を執ったマーク・ジャクソンの解任に同情する声もあがったものの、カー体制となってからのウォリアーズは1年目に優勝すると、2年目はNBAファイナルで第7戦の末にキャバリアーズに敗れたとはいえ、レギュラーシーズンで前人未到の73勝(9敗)という歴代シーズン最多勝利記録を更新。そして、2016-17シーズンから2連覇を成し遂げるなど、2014-15シーズンから5シーズン続けてファイナルに進出した。

ウォリアーズ指揮官に就任するまでヘッドコーチ未経験のカーだったが、ウォリアーズに王朝時代をもたらしたことで名将の仲間入りを果たしている。そんなカーだが、実はもう一つの選択肢があったという。

それは、ニックスのヘッドコーチ就任という道だった。当時のニックスは、ヘッドコーチとしてブルズとレイカーズでそれぞれスリーピート(3連覇)を成し遂げたフィル・ジャクソンを球団社長として招聘したばかりで、権限を得たジャクソンはブルズ時代の教え子であるカーをヘッドコーチ候補に推挙した。

悩んだ末にウォリアーズのヘッドコーチ就任を決めたカーは『The Problem with Jon Stewart』に出演した際に、「指導者にとっては率いるチームのタレントがすべて」と、当時の心境を明かした。

「2014年にニックスのヘッドコーチになっていたかもしれない。当時ニックスのGMは恩師のフィル・ジャクソンで、非常に強い関心を持った。ただ、ウォリアーズにはステフィン・カリー、クレイ・トンプソン、ドレイモンド・グリーンが揃っていた。そのおかげで、いろいろと上手く事が進んだよ。当時、私は指導者の友人たちに相談したんだ。彼らはみんな口を揃えて『指導者にとってはチームのタレントがすべてだ』と言っていた。それは本当のこと。ただ、フィル・ジャクソンは私にとって大切な人だった。そんな時、友人から『フィル・ジャクソンならどちら(ニックスかウォリアーズ)を選ぶと思う?』と聞かれて、はっとした」

「フィル・ジャクソンがブルズのヘッドコーチに就任した時には、マイケル・ジョーダンとスコッティ・ピッペンがいた。パット・ライリーがレイカーズのヘッドコーチに就任した時にはマジック・ジョンソン、カリーム・アブドゥル・ジャバーがいた。我々、指導者というものは、チームのタレントに依存する。その点で言えば、当時のウォリアーズはすでに優れたチームで、前年のレギュラーシーズンで51勝もしていた。若く、才能のある選手も揃っていた」

もし、カーがニックスの指揮官を選択していたら、歴史は変わっていた可能性がある。当時のニックスは再建段階に入ったばかりで勝てない日々が続いただけでなく、指導者時代のジャクソンがブルズとレイカーズに黄金期をもたらした『トライアングル・オフェンス』の導入も失敗に終わった。昨シーズンから指揮を執るトム・シボドーを招聘するまでに、デレック・フィッシャー、カート・ランビス、ジェフ・ホーナセック、デイヴィッド・フィズデイル、マイク・ミラーがヘッドコーチを歴任。また、ジャクソンとカーメロ・アンソニー、クリスタプス・ポルジンギスの不仲も表沙汰になるなど、迷走状態が続いた。

カーは「もしニックスを選択していたら、きっといろいろなことに振り回されて2年以内にクビになっていただろう」と振り返っている。

ウォリアーズを選んだカーは、すでに3度の優勝を成し遂げている。直近2シーズンはプレーオフ進出を逃し、主力のケガに苦しんだとはいえ、今シーズンのチームは若手とベテランによる相乗効果が生まれ、優勝を狙えるチームに躍進を遂げている。

カリー、トンプソン、グリーンというコアが揃っていた時期と重なったとはいえ、カーは正しい決断を下し、指導者としてもNBAトップクラスの称号を得た。つくづく、人生にとって選択の重要性を考えさせられるエピソードだ。