「ここが僕の街なんだ。ここの人たちは僕を信じ、僕に賭けてくれた」
ファンからMVPコールを送られた選手はたくさんいるが、彼が正真正銘のMVPだ。バックスをエースとして引っ張ってきたヤニス・アデトクンボは、優勝に王手を掛けたNBAファイナル第6戦で50得点14リバウンド2アシスト5ブロックのパフォーマンスを見せて勝利の立役者となり、MVPコールが沸き起こる中でMVPのトロフィーを高々と掲げた。
優勝が決まった瞬間に家族の元へと駆け寄った彼が次に感謝を送るのは、8年間支えてくれたミルウォーキーのファンだった。「僕を信じてくれたミルウォーキーにありがとうと言いたい」との言葉に、ファンは割れんばかりの大歓声で応えた。
「僕はNBAのタイトルが欲しかった。そのために必要なことは何でもやってきた。そして成し遂げたんだ。それは信じられない道のりだった」と彼は言う。
近年のNBAではフランチャイズプレーヤーが絶滅しつつある。オールスター級の選手が、優勝のために移籍するのが当たり前の時代だ。ミルウォーキーはウィスコンシンの州都とはいえ小さな地方都市で、バックスは1971年以来50年間も優勝から遠ざかっている。熱心なファンでさえ、「アデトクンボはいずれ大都市のチームに行くだろう」と自嘲気味に話すのが常だった。
しかし、アデトクンボは昨夏に契約延長にサインし、「移籍するだろう」という大方の予想を覆した。
優勝を決めた日の会見で、アデトクンボは上機嫌で「トレードの質問はあるかい?」と記者たちに問い掛け、「よし、球団にトレードを要求するぞ」と、爆笑しながら語っている。これまで何度となく、一時期は会見を行うたびに移籍についての質問を投げ掛けられてきたからこそのジョークだった。
勝てるチームと契約するのではなく、契約したチームを勝たせる。1年前にサインした時のことを問われたアデトクンボは、「僕にはここでやるべきことがあった」と、優勝した今だからこそ言える心境を打ち明けた。
「例えばマイアミに行ったとして、素晴らしい戦いができただろう。でも、それが正しいとは思えなかった。多分、ホームシックになっただろうね。ここが僕の街なんだ。ここの人たちは僕を信じ、僕に賭けてくれた。負けた時も信じ続けてくれたし、常に僕たちの味方でいてくれた。だからこそ、僕は自分の仕事をやり遂げなきゃいけないと思った。
そして彼はこう続ける。「それに僕は頑固な性格だからね。どこか別のチームに行って、他の誰かと優勝するのは簡単だっただろうし、そうすることはできた。スーパーチームに行くこともできた。だけど、それがどれだけ困難であっても、僕はここで勝ちたかった。そして成し遂げたんだ」
ファンすらも懐疑的だった残留を決めたアデトクンボは、その1年後に優勝を果たした。もっとも、バックスは来シーズンにライバルから警戒されることになるし、彼の言葉は多くの選手たちを敵に回すだろう。思い当たる節のある選手はいくらでもいるはずで、彼らは皆、アデトクンボの言葉に発奮してバックス戦では燃えるに違いない。
王者となったアデトクンボとバックスがそれにどう立ち向かうのか。激闘のシーズンが終わったばかりだが、もう次の開幕が楽しみだ。