内海知秀ヘッドコーチが振り返るリオ五輪vol.1「リオでのメダル、『本気』のチャレンジ」

2016/09/15
日本代表
1008

取材・文=三上太 写真=野口岳彦

9月を迎え、暑い夏の日々が少しずつ秋色に変わりつつある。それでもテレビでリオ五輪のメダリストたちを見ない日はない。メダルには届かなかったものの、バスケットボール女子日本代表『AKATSUKI FIVE』の奮闘は忘れられない夏の1ページとして語り継がなければならないだろう。そんなわけで、女子日本代表を率いた内海知秀ヘッドコーチにリオ五輪を総括してもらった。指揮官が見たチームの成長と、2020年にメダルをつかむための課題とは。内海ヘッドコーチのインタビューをお送りする。

PROFILE 内海知秀(うつみ・ともひで)
1958年12月7日生まれ、青森県出身。能代工、日本体育大を経て、日本鉱業で活躍。引退後の1988年に札幌大で指導者としてのキャリアをスタートさせた。2003年、JXでの手腕を評価され女子日本代表監督に就任し、アテネ五輪を戦う。JX-ENEOSを経て2012年に日本代表監督に復帰。4年がかりで強化したチームを率いてリオ五輪を戦い、ベスト8進出を果たした。

リオ五輪に向かう過程は楽しかった

──ロンドン五輪の世界最終予選(以下OQT)から4年をかけてチームを作り上げ、一つの区切りとなるリオ五輪を終えました。この4年間を振り返って、いかがでしたか?

内海 最初はつらい部分もありましたよ。というのも、まずはアジアで優勝しなければいけないという思いがあったので、そこに至るまでの日々は決して簡単なものではなかったです。でも、出場権を獲得して、リオ五輪に向かう過程は楽しかったですね。

──2004年のアテネ五輪では最後にギリシャに負けて決勝トーナメントに進めませんでした。しかし今回は最後のフランス戦に勝って決勝トーナメントに進みました。

内海 その前の試合、つまりオーストラリア戦であそこまで良いゲームをしたので、本音を言えば、そこで勝ちきりたかったところです。フランス戦はそのゲームがあったからこその結果と言えます。世界ランキング4位のフランスに対して1点差でも勝てばすごいことなのに、選手に「13点以上の差を付けなきゃいかんぞ」、「15点差以上なら2位通過だぞ」と話をして、選手たちもそれを実行しようとしてくれました。だから8点差で勝ってもそんなにうれしい顔はしてなかったんです。

――大会を通して、チームが成長していったと?

内海 2013年と2015年のアジア選手権の時もそうでしたが、今回もゲームを通してチームが強くなっていくのを感じました。「アジアでチャンピオンになって、五輪に出よう」。ロンドン五輪のOQTが終わってそう話したのが現実になって、「じゃあ今度は本気でメダルを狙いに行こう」と。これまでの日本からすれば夢物語です。まずは五輪に出ることができてうれしいという思いが先に来てもおかしくないのに、メダルに挑戦しようという気持ちが選手たちを変え、チームも変えました。選手だけではありません。周りの人たちは当初「いやいや、日本のバスケットが五輪でメダルなんて絶対無理だ」と思っていたはずです。でも選手や我々が本気でチャレンジしていく中で、そんな周囲の雰囲気も変わっていったように感じます。

――本気の思いが周りに伝播したわけですね。

内海 そう思います。それはアジア選手権で2連覇をして、選手たちにプライド、誇りが出てきたことも大きかった。そうして今日に至るまで世界のさまざまなチームとたくさんゲームしてきました。アジア選手権だけでなく、世界選手権も含めてたくさんの経験をすることで、彼女たちにも「世界で対等に戦えるんだ」という思いが非常に強くなってきたように感じます。

「私たちは世界で戦えるんだ」という自信

――リオ五輪に入ってもそれは崩れませんでした。

内海 どの大会にもカギになるゲームがあります。リオ五輪で言えば、第1戦のベラルーシと、第2戦のブラジル。この2つに勝てば勢いに乗れると踏んでいたんです。それもまたアジア選手権などを通して経験してきたことで、カギの試合を乗り越えられればチームが強くなると分かっていました。しかし、あそこまで選手たちが対戦相手に怯むことなく、立ち向かっていけたことは私の想像を超えて評価できるものです。それが日本の誇りとなって、ベスト8にまで持って行けたのかなと。そういう意味でも選手に感謝しなければいけません。

──何が彼女たちを突き動かしたのでしょう?

内海 やはり『自信』です。選手一人ひとりに自信が付いていったことは非常に大きな要素です。例えば栗原三佳。彼女は2015年のアジア選手権では調子が上がらず、苦しんでいました。しかし今年度も再び招集し、オーストラリアとの国際強化試合で、最初こそ今一つ調子が上がってきませんでしたが、その後は少しずつ自信を取り戻した。逆に最後は、五輪まで好調をキープできるのかと不安になるぐらいでしたが、それでもオーストラリアとのゲームや海外遠征で本物の自信を付けてくれました。町田瑠唯もそう。「私たちは世界で戦えるんだ」という自信を付けてくれました。

──そうした『自信』の有無がメンバー選考のポイントにもなった?

内海 そこは自信を付けているから結果も出せるわけですよ。最終選考に関しては、チームとしての戦いを考慮して、リオで戦うための選手を選ばなければいけなかった。そこで我々にアピールできなかったら、自信がないと見られても仕方がないところです。今回外れた選手たちはそれをまた糧にして次にまた向かっていかないといけない。逆に選ばれた選手、例えば栗原などは、アジア選手権では、今回は最終的にメンバーから外れた山本千夏がフォローしてくれたところを自分一人で乗り越えなければいけないという覚悟の中で、自信を付けてきました。今回調子を落とさなかったのも、そうした思いがあったからではないかと思いますね。

内海知秀ヘッドコーチが振り返るリオ五輪vol.2
「真剣勝負の中で『日本のバスケットスタイル』が見えてきた」