ドナルド・ベック

文=鈴木健一郎 写真=富山グラウジーズ、B.LEAGUE

Bリーグになって2年連続で残留争いを演じた富山グラウジーズ。B2陥落こそ免れてはいるものの、Bリーグ3年目は上昇に転じなければならない。そんなクラブ首脳陣の意気込みは、ドナルド・ベック招聘という形に現れた。2010年から日本で指揮を執り、トヨタ自動車アルバルクをリーグ優勝に導き、トヨタ自動車アンテロープスを強豪へと成長させた実績の持ち主が、富山を束ねることになった。

「3つの方程式をしっかり遂行できれば勝てる」

ドナルド・ベックは8月6日に実施した就任会見で「富山を常勝チームにしていきたい。まず練習からそれをモットーにしてやっていきます」と、自らのビジョンを力強い言葉で語った。

ベックが率いてきたのはトヨタ自動車の男子チームと女子チーム、大企業に支えられた強豪だ。対する富山は地方のプロクラブで、そんなチームを率いてのBリーグ参戦は彼にとっても大きなチャレンジとなる。「bjリーグでは勝ち星も多かったですが、Bリーグになってからはタフなシーズンを送ってきました。この2シーズンは何とかB1に残る感じでしたが、それよりもっともっと上を目指したい。ゴールとしてはプレーオフ進出が目標です。高い目標ではありますが、ケガがなければ、選手が私のスタイルを学びフィットしてくれれば、必ず果たせると思っています」

ベックのバスケットはどういったものか。コンセプトとなるのは、ディフェンス、リバウンド、オフェンスのエクスキューション(遂行力)だ。「日本で8年間コーチングしていますが、ファイナルに5回行き、2回チャンピオンになっています。自分から見るとディフェンスもリバウンドもオフェンスのエクスキューションも3本の指に入っていました」

トヨタと富山では選手層が違うが、ベックは「興味深いロスターです」と託された戦力への期待を強調する。選手だけでなく新しいスタッフも入ります。すべてが新しく生まれ変わるのです」

まだ外国籍選手が合流しておらず、練習も始まったばかりの状況で詳細は語らなかったが、「3つの方程式をしっかり遂行できれば勝てると選手には説明します」とベックは言う。

宇都直輝

成長した宇都がベックと再会、2人の関係性がカギに

この夏、エースの宇都直輝、大塚裕土と水戸健史のコアを残して富山のロスターは刷新された。どのチームでも先発を任されるだけの実力を持つ船生誠也、阿部友和。経験豊富な日本人ビッグマンの山田大治と比留木謙司。Bリーグで実績のあるジョシュア・スミスとレオ・ライオンズ。即戦力を続々と迎え入れることで、ロスターは充実し、なおかつバランスも取れたものとなった。

それでも、新たなチームでキーマンとなるのはやはり宇都だろう。2015年夏まで、宇都がアーリーエントリーでトヨタ自動車に加入した年とその次のシーズンにヘッドコーチを務めていたのがベックであり、3年の時を経ての再会となる。「トヨタにいた時もすごく興味深い選手、有望な選手で、大学時代も日本人のガードとしてちょっと違う技術を持っているという印象でした。富山で会ってすごく成長していることが感じられました」とベックは宇都を評価する。

「修正してもらわなければいけない部分もあります」と、自分のバスケットスタイルに組み込む上で課題があることを指摘するとともに「自分のシステムを分かっている宇都がいるのは助けになる」と信頼も見せている。この2人がどのような関係を築くのかが、富山の新シーズンを大きく左右しそうだ。

気になる点を一つ挙げるとすれば、ベックはロスター全員でプレータイムをシェアする全員バスケをモットーとすること。宇都は過去2年間、チームに不可欠な選手としてコートに立ち続け、昨シーズンはプレータイムがリーグ最長の34分半となった。過酷な起用に応えて結果を出し、日本代表に定着するまで評価を高めた宇都が、20分から25分前後にプレータイムを制限されるとなれば、昨シーズンのようなスタッツは残せないかもしれない。指揮官が代われば起用法や求められるプレーが変わるのは当然のこと。そこで宇都がこれまで通りの力を発揮できるのか。そこも大きなカギとなる。

ドナルド・ベック

「勝ちがあってこその楽しみ」と勝利を強調

しかし、宇都がいくら目立っても過去2年はB1残留争いを演じたチーム。ここから飛躍するには変化が必要だ。「選手もそうですが、やっぱり勝利がほしい」とベックは言う。「私は65歳で35年間コーチ業をやっています。これはすごく難しいことで、チャレンジです。時間がかかることではありますが、自分もアシスタントコーチもすべてのスタッフが勝利をつかめるように一番の準備をしてシーズンに挑みたい。それは選手へのメッセージでもあり、ファンの皆さんへのメッセージでもあります」

どのチームも勝利を目指して切磋琢磨する状況、昨シーズンの18チーム中15位からスタートする富山で勝利を確約するほどベックは甘くない。しかし、難しいチャレンジであることを示しつつも、プロフェッショナルのコーチとして結果を出すために全力を尽くすことを誓う。

「勝てるプログラムを作る、そこを重点的に頑張っていきます。目標を成し遂げるためには時間も少し必要ですが、時間がかかると言ってもこのシーズンにしっかり成功を収めたいと思います。1年だけでなく、1年成功したら次の年も、また次の年もと連続して成功していきたい。できるだけ早くトップに上がりたいです。ただそれはチャレンジになります」

「スポーツというのはなかなか面白い仕事です。保証というのがまずない世界なので。それでも皆さんに約束するのは、自分自身がハードワークして一生懸命に選手を鼓舞し、しっかりと準備をしてゲームに臨みます。私のプランは一生懸命プレーすること、賢くプレーすること、そして楽しむことです。最後の『楽しむ』は勝ちがあってこその楽しみだと思っています」

チーム全員が集まって練習を重ねなければ『ベックの富山』の具体的な形は見えてこない。それでも経験豊富な指揮官は、誰よりも勝利にこだわり、富山での野心的なチャレンジに取り組む。