被災を通して見えた、プロバスケ選手が担う社会貢献活動(後編)

2016/08/30
Bリーグ&国内
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文=泉誠一 写真提供=仙台89ERS

仙台89ERS志村雄彦「まだ東日本大震災の最中なんです」

2011年3月11日に起きた東日本大震災。5年が経過した今、仙台89ERSの本拠地や市街地は普段の生活を取り戻している。

「熊本の方も同じですが、決して何も終わらないんです。よく東日本大震災から5年が経ったと言われますが、僕らからしたら復興は始まってもいないし、終わってもいない。月日がただ経過し、周りは変わってるかもしれませんが、まだ東日本大震災の最中なんです」と仙台89ERSの志村雄彦は釘を刺す。

津波被害に襲われた沿岸部には、まだまだ不自由な生活を強いられている人がたくさんいる。志村ら仙台89ERSの選手や他のクラブの選手たちもこのオフシーズンにクリニックなどを行い、子供たちと触れ合う活動を続けている。9月4日(日)には気仙沼の南三陸町総合体育館でプレシーズンゲームを行い、勇気を届ける。

震災後、様々な支援活動を行いながら、自らが与える影響力が小さくはないことをひしひしと感じる。同時に、プロバスケットボール選手であることを自覚できた瞬間だ。志村は言う。

「震災以降、僕のプレーを見てバスケ選手になりたいとか、あの頃から応援していますと言われると、バスケットをしてきて良かったと思います。それが宮城県や仙台に向けて僕ができる唯一のことです。自分はバスケットボールというコミュニケーションツール使って発信し続けることができます」

チャリティーマッチを通じて、比江島慎(シーホース三河)にもプロとしての自覚や喜びが芽生えていた。「被災地の方に夢や希望、元気づける職業につけていることを感じながらプレーしました。少しでも元気づけられたという実感はあるので、そこは幸せに感じています。今後も、被災者のために少しでも夢や希望、元気づけられるように全力でプレーしていきます」

東日本大震災から間もない2011年3月23日。仙台89ERSは宮城県内でも被害の大きかった名取市を訪問した。

選手一人ひとりが意識を高め、継続していくことが大事

今後も継続的なチャリティーマッチや支援活動が必要であり、仙台89ERSの志村も、熊本ヴォルターズの小林慎太郎も、今後は自らが中心になりたいとの意欲を見せている。

小林は言う。「チャリティーマッチは今後も継続させ、熊本地震への思いを風化させないようにしたいです。それは熊本地震だけではなく、その前に起きた東日本大震災もそうですし、今いろんな台風や水害も起きています。日本中にスポーツの力を届けたいので、今度は僕が中心になってやっていきたいと心から思っています」

Bリーグが始まる今、改めて自覚を持って行動していくことを志村も意識している。「社会貢献活動は野球界やサッカー界でも選手が率先して行っていますし、僕もやりたいです。そういう力を僕らも持てるようにしなければならないですし、一番大事なのは社会的な地位を得ることです。そのためにも僕らがレベルを上げることに注力していかなければいけません。それとともに社会貢献活動をすることを、すべての選手が理解していく必要があります」

Bリーグとなり全クラブのサイトが新しくなったために過去の活動を閲覧できなくなってしまったが、東日本大震災や熊本地震よりも前に起きた新潟県中越地震の時も、新潟アルビレックスBBの選手たちはシーズン中にもかかわらず、被災地へ物資を届ける活動をしていた。東日本大震災時に、西日本のクラブたちが呼びかけて物資を届けたり、募金活動を行うなど、これまでもバスケクラブや選手たちは社会貢献活動を行ってきた。

Bリーグには岩手、仙台、福島、栃木、茨城、新潟、熊本など近年に被災した地域にプロクラブが網羅されている。ファンが各地へバスケを観に行くことも大きな支援となるはずだ。

#がんばるばい熊本 熊本地震復興支援 B.LEAGUE チャリティーマッチ
支援総額 [669,790円]

(会場内募金=275,114円、チャリティーオークション総額=394,676円)
※日本財団(http://www.nippon-foundation.or.jp/)を通じて熊本県に寄付