宮崎県の小林高校女子バスケットボール部は、県立高ながらウインターカップ11年連続36回の出場、インターハイもウインターカップもそれぞれ1回の優勝経験を持つ。その名門バスケ部を率いるのは、7年目の前村かおりコーチ。小林高校出身で現在はトライフープ岡山でプレーする前村雄大の姉だ。筑波大を卒業して母校へと戻って来た前村は『SLAM DUNK』や『キングダム』からインスピレーションを受けた言葉で選手たちを鼓舞し、全国で戦えるチームを鍛え上げている。
最初に会得したのはレイアップを「置いてくる」感覚
──まずは前村コーチがバスケットボールを始めたきっかけを教えてください。
父がずっとバスケをやっていて、母も高校までプレーしていました。私の父は中学校の指導者をしながら教員チームでプレーをしていたので、私も小さい頃から体育館にはよく行っていました。小学校4年生でミニバスのある地域に引っ越したのをきっかけに、私もバスケを始めました。
持久系のメニューはずっと苦手で、練習の最初にやる30分間走が嫌だったんですけど、みんな普通に走っているし弟もいるし。下には負けたくないのでやっていました。最初に見付けた楽しみはレイアップシュートで、当時『SLAM DUNK』で「置いてくる」というレイアップの感覚があったじゃないですか。ちゃんと上に跳んで置くという感覚でレイアップができる女子の選手は少ないと監督に褒められたのを今でも覚えています。当時、『SLAM DUNK』をどれだけ理解して読んでいたかは分かりませんが、ミニバスの時はただ「置いてくる」だけ真似している感じでした(笑)。
──バスケのいろんなことが分かってきて、上を目指そうと思ったのはどの時期ですか。
中学校に入ってからですね。ミニバスの時点である程度は人よりできると少し感じていたのですが、中学からは父が監督になるので覚悟が必要でした。中学では男子と一緒に練習できたのが良かったです。男子の上級生がすごく上手くて、でも女子だけど負けたくないという気持ちで練習していたので、それが伸びた理由だと思います。
中学2年生までは全然勝てなかったのですが、3年生になって県大会で優勝しました。自分たちでも何が何だかよく分からないまま、あっという間に優勝して、県のMVPに選ばれて、県選抜でもキャプテンをやらせてもらったり。ただ、その時は自分たちが優れているという実感はなくて、相手の調子が悪くて勝っていった感じでした。ジャンプ力だけは多少秀でていたかもしれませんが、外は全然ダメだし、そんな大したプレーヤーではなかったと思います。
──小林からJOMOに入って2014-15シーズンまでJX-ENEOSサンフラワーズでプレーした新原茜さんが小林高校の先輩ですよね。前村さんのことを聞いたら「とてつもなく明るくてうるさくて、歌が上手い」と教えてくれました(笑)。
新原さんは1個上の先輩です。小林高校にはパートナー制度というのがあって、私は1年生の時に新原さんのパートナーをさせてもらいました。新原さんはすごくシャイですけど、私はグイグイ行くタイプだったので、そういう感想になったのかなと(笑)。私は初対面だとすごく人見知りなんですけど、3日で自分を出したくなっちゃう。自分が生活しやすいように、人との関係をなるべく早く作りたいんです。根は人見知りなのであまり騒いだりしたくないんですけど、早く人間関係を作りくてグイグイ行くんです。それは先生をやっている今も同じで、子供たちとの関係もあまり『先生と生徒』というガチガチな感じにはしたくなくて、何でも言ってほしい、質問してもらえる関係性でいたいと思っています。
「試合に出て活躍するから偉いんじゃない」
──小林高校での話に戻りますが、現役当時は試合に出られない時期もあったと聞きました。
先輩たちがいる間はほぼ試合に出ていません。出れても1分ぐらいで、3年生になってようやく試合に出るようになりました。それでも運だけは良いので、自分が上手いからじゃなく人に助けられました。それは例えば新原さんたちが全国でベスト8に行ったおかげで私は筑波大に行かせてもらえましたし、筑波大でも周りの人に助けられてインカレで優勝させてもらえました。自分がどうこうじゃなく、本当に周りの人にいろいろ助けてもらったと思います。
試合に出られない時期が長かったので、今も出れない選手の気持ちをよく考えます。ベンチに座っている子たちの気持ちだけじゃなく、それを見ている親たちの気持ちはどんなものだろうかと。ただ、練習ではダメ出しをすることが多いし厳しいコーチですね。試合が直前になればスタメンもある程度は決まりますし、そうなったらそれぞれの役割を認識させて、みんなが自分の役割を100%以上こなさないとチームが勝てる雰囲気にはならないよ、とはよく言います。
──筑波大で学んだのはどのようなことですか?
大学だとチームの練習時間がそれほど長くないので、やる気のある選手が体育館にいる、という感じでした。体育館は自由に使えるし、何時間やっても構わない。やりたければやりなさい、というのが大学バスケのスタンスだと思います。私が1年生の時、インカレで優勝したAチームにいた、一般入試で入ってきた先輩たちが印象的でした。試合にはあまり出ないんですけど、その人の言葉ならみんな納得できる、という先輩たちでした。それを見て、試合に出て活躍するから偉いんじゃなく、みんなでチームを回すことが大事だとか、いろんな思いを抱えた人たちがちゃんと発言できる組織は強いんだとか、そういうことを学ばせてもらいました。
──筑波大の大学院を経て小林高校に来て、指導者歴が10年になります。
最初の3年間はアシスタントコーチだったので、あまり前に出ることがありませんでした。もっとかかわることができたのかもしれませんが、自分の中で「これ以上は踏み込んだらダメだ」みたいに考えていたので、アシスタントでも自分から動けばもっとやれたのに、という後悔があります。その後の7年間は自分で見させてもらっていて、勝っても負けても自分の責任なので、実際にいろいろできるのは良いことですが、試合に負けるとやっぱりキツいです。振り返ると思い出すのは負けた時の悔しさばかりですね。
一番悔しかったのは最初のインターハイ予選です。自分がヘッドコーチになって一番最初の予選で延岡学園に負けました。そこで自信をヘシ折られ、コーチとして子供たちの人生を預かっていいのかという不安がすごくあって、今思い返してもキツかったです。でもそこで子供たちから「このままやっていけば、追い付いて追い越せます」と逆に励ましてもらって、ウインターカップに向けてやるしかないと気持ちを切り替えられました。
去年のインターハイは「湘北と同じ組み合わせ」
──ヘッドコーチ1年目で迷いが出てしまうのは精神的にキツいですね。その年のウインターカップ予選はどうなりましたか?
ウインターカップ予選には勝ちました。その4カ月ぐらいで私もチームもものすごく成長できました。あの負けが自分たちをすごく変えてくれたことになります。『SLAM DUNK』じゃないですけど、「負けたことが財産になる」と初めて思うことができました。
もう一つ悔しかったのは2015年の京都インターハイで、ベスト4で昭和学院にボコボコに負けた時ですね。手も足も出ない点差で、これはもう異次元のレベルじゃないかと感じました。でも、ここを一歩乗り越えたら最終的な目標である日本一が見えてくるんだ、ここを経験して乗り越えれば、ベスト4に行く足掛かりになるんだとすごく感じました。
──チームが掲げる言葉は『楽しむ』です。シンプルな言葉ですが、どんな思いが込められていますか。
毎日の練習も走り込みもトレーニングもキツいじゃないですか。でもその中で楽しむことが大事だと思っています。もちろん、そこに行き着くまでは大変だし、キツさを経験しないといけないんですけど、私はキツい顔をしながらトレーニングするのが嫌いで、どうせなら「よっしゃ、やってやろうじゃないか!」という感じでやる選手に魅力を感じるし、最終的にキツさを乗り越えてそこに行き着くためのゲームだと思っています。
全国ベスト4に入るゲームも絶対キツいですよ。こんなに上手いのか、こんなに強いのかと精神的に押されながら試合をしなくちゃならない。でも、『SLAM DUNK』でもありましたよね、その状況で笑うシーンが。あの感じが欲しいんです。本当に強いチームを相手にキツいと思うんじゃなくて、「自分より強いのが来た!」、「これは経験したことのないキツさだ!」、「こいつにチャレンジしてやろう!」と受け止めてもらいたい。選手がそこに楽しさを見いだしてプレーしていれば、見ている側も楽しいはずですよね。そういうバスケをしたいと思います。
──『SLAM DUNK』の話が何度か出てきましたが、もしかして相当影響を受けていますか?(笑)
大好きな作品ですし、影響も受けています。それこそ去年のインターハイは1回戦に勝ったら次が桜花学園で、湘北と見事に同じ組み合わせだったんですよ。今の高校生には読んだことのない子もいて、「これがどういうことか、一回全部読んできなさい」って(笑)。桜花学園さんと当たるとなれば、やる前から気持ちで負けてしまうじゃないですか。そこで選手全員が山王工業戦を読んで気持ちを作りました。試合には負けたんですけど、去年のことだったのですごく頭に残っています。
『SLAM DUNK』で好きなのはポジションごとに性格が違いますよね。その個性が噛み合って一つになって、「このチームは最高だ」と赤木剛憲キャプテンが言うところと、ウチのチームが円陣を組んでいる部分が自分のイメージの中で重なったりして。選手たちに見せるモチベーションビデオにも『SLAM DUNK』のシーンを引用させてもらったりしています。
──選手の気持ちを上げるには一番の方法ですからね。
そうですね。でも『SLAM DUNK』だけじゃなくてここ2年ぐらいは『キングダム』にハマっていて、ヒョウ公将軍が軍を鼓舞する言葉掛けなんかを実は参考にさせてもらったりして。どんなに相手が強くても先に仕掛けるのはこっちで、そこからちょっとずつ相手をおかしくさせるぞ、そういう状況に持っていくぞ、という話は『キングダム』からの引用で、実はかなり影響されています。今だと『鬼滅の刃』をNETFLIXで全部見まして、ウインターカップ予選が終わったら映画を見に行こうと思います(笑)。