昨年夏に川崎ブレイブサンダースのアシスタントコーチから新ヘッドコーチへ昇格した佐藤賢次は、チームを前年の不振から見事に立て直し、リーグ屈指の強豪へと引き上げた。就任2年目の今シーズン、川崎は前シーズンの主力がすべて残留する充実の戦力で開幕に臨む。Bリーグ5年目、悲願の初タイトルへ大きな期待を寄せられる中、指揮官は何を思っているのだろうか。
「今からその高みを目指した方が楽しい」
──間もなく開幕となりますが、ここまでは計画通りにチーム作りができている手応えはありますか。ヘッドコーチ就任1年目だった昨シーズンと比較すると、すでにベースができている今シーズンはやりやすい部分はありますか。
計画は立ててはいましたが、コロナ禍の中でいろいろなことが起こるので、日々それに対応してきた感じが強いです。ただ、それでも順調には来ていると思います。昨シーズンは今までの伝統にプラスして新しいものを取り入れる大きなチャレンジだったので、不安も結構ありました。今シーズンだとベースは昨シーズンと同じです。昨シーズン、みんなで作り上げた高い強度のバスケットの質をより高めようと、選手に言い続けて準備をしてきました。それがどれだけできるのか、不安より楽しみが大きいです。
──昨シーズンの主力メンバーが、外国籍を含めて全員残留しました。好成績を残したチームをできるだけ変えないのは定番ですが、ここまで変わらないのは珍しいです。継続路線においても、新しい変化をどこかで入れるものですが、それが全くありません。
もちろん同じメンバーでやりたい思いは持っていました。他にもいろいろな編成の候補があり、北(卓也)GMが最終的に決断を下す中で今回の布陣となりました。ただ、必ずしも最初から意図してこうなったわけではありません。例えば外国籍選手のところでもっとガードに近いスモールタイプを取る、もしくは逆にもっとビッグマンを厚くするとか、様々な選択肢がある中で今の編成に収まりました。その時は外国籍選手の入国に関する情報なども少なく、コロナ禍の影響をそこまで考慮していなかったです。それが同じメンバーになったことで結果的に早く来日でき、今は良い状態を作れているというのが正直なところです。
いざ編成が確定して同じメンバーでやれると決まった時は、その強みを絶対に出せる、同じメンバーでやるからこそチャレンジできるものがあると思いました。そして今、選手たちには「ワールドスタンダードを目指そう、世界基準のチームを目指そう」と言っています。アルゼンチンのサンロレンソと南米トップクラスのチーム在籍していたマティアス(カルファニ)、ヨーロッパのトップリーグでずっとやっていたパブロ(アギラール)がいます。そしてアメリカから、ニック(ファジーカス)、ジョーダン(ヒース)とトップクラスの選手が2人来て、そこに日本代表選手もいます。各大陸から一流選手が来て、そのメンバーで切磋琢磨すればワールドスタンダードは作れます。「ワールドスタンダードとは具体的に何?」って言われても、まだはっきりと答えは出せないですが、そこを目指そう、自分たちで作ろう、というのが今シーズンの大きな目標です。
──川崎のように帰化枠のビッグマンがいるチームは限りなく2番に近い3番の外国籍を獲得しています。一方の川崎にそういうタイプはいなくて、結果的にサイズ重視となっています。この外国籍のウイングが出た時のマッチアップについて、どう考えていますか。そこは日本人選手で守れると見ていますか。
もちろん編成のミーティングをしている時に、そういう話は出ました。このようなマッチアップになる想定もした上で今のメンバーになっています。外国籍のガード、ウイングの選手を、ウチの2番、3番の選手でタフに守り切れる、逆にパブロとマティアスで守れる、という両方の自信があります。相手はそこをアドバンテージと見て攻めてくると思いますが、そこでタフにやりきることができれば、どんどんこちらのペースになります。それありきで編成を考えたわけではないですが、そこをどうプラスにして行こうかを今は考えていて、手応えはあるし選手たちはやってくれると信じています。
──ワールドスタンダートについてですが、Bリーグだけでなくアジアを舞台としたクラブ規模の国際大会で勝つところまで、長期的なロードマップには入っていますか。
それは入っています。まだ全然分からないですけどFIBAもサッカー界のような流れになっているので、これからはリーグ戦と並行してアジアで一番のクラブチームを決める戦いが入る可能性があります。そこで勝てばサッカーのクラブワールドカップのような大陸毎の優勝チームが集う大会に参加できる。将来はそうなると考えると、今からその高みを目指した方が楽しいと思っています。
サッカーを見ていると日曜日にリーグ戦を行った後、水曜日にアジアのどこかの国で試合をし、また帰ってきてすぐにリーグ戦といったスケジュールを普通にこなしています。それを考えれば、リカバリーとか環境面も含めて今から意識してやっておくべきで、幸いにもウチはそれをやれる環境にあるので、是非ともチャレンジしていきたいです。
「ハイインテンシティ、ハイクオリティ、グッドリカバリー」
──昨シーズンに築き上げた確固たるベースがあり、さらにフルメンバーで開幕を迎えられる数少ないチームが川崎です。だからこそ1年前のようにスタートダッシュを成功させ、開幕から貯金を増やして優位に立ちたいですね。
どうですかね。もちろんスカウティングはしますけど、相手どうこうではなく、とにかく自分たちが1試合1試合勝つために最善を尽くすことが必要です。ただ、コロナ禍の今シーズンは本当に何があるか分かりません。開幕戦で全員がプレーできるかは直前にならないと分からない。誰がいつ欠けるか、いつも以上に読めない状況です。だからこそ、メンバーが揃って戦えるから開幕から走っていけるという気持ちはありません。それより試合当日に出場できるメンバーで、その時に勝つための最善を尽くす。それを60試合繰り返していくしかない、今シーズンはそういうイメージを持っています。
──昨シーズンは新しいスタイルを導入することで、相手にとっても未知数な部分がありました。それが今シーズンは川崎がどんなバスケをするか、相手は把握しています。
同じことをやったら勝てないとは、常に意識しています。だからこそ細かいところの質を上げることを目指しています。高い強度のバスケットを続けていくことは選手に染み付いていて、練習でも相当にハードなものをやっています。強度を上げたり、ガムシャラに一生懸命になると質が少し下がってしまいがちですが、それでも今シーズンはこの2つを同時に求めていく。強度が高い中で質を上げる。激しいプレーを継続していく中でも、一つひとつの判断、パス、フットワークと細かいものまで含めてプレーの質を上げるのがテーマです。
さらに昨シーズンはケガ人が出たことを踏まえ、高い強度の繰り返しに耐えられる身体作りと、常にリカバリーしていくことも大きな目標です。試合が終わった後にしっかりリカバリーして、常にフレッシュな状態で次の試合を迎える。これは今シーズンとても意識していて、今はコンディショニングチームと一緒に考えながらやっているところです。ハイインテンシティ、ハイクオリティ、そこにグッドリカバリーを加えることでウチのチームはもっともっと成長できる。これをチームの合言葉にしてやっていて、昨シーズンのイメージで対策されてもその上を行くぞという思いです。
──グッドリカバリーを考えると、昨シーズンよりプレータイムのシェアは推し進めていくのが理想ですか。
まず前提として今のチーム状況は、12人の誰が試合に出てもおかしくないです。若いメンバーの青木(保憲)とか増田(啓介)も本当に成長していますし、ベテラン選手も負けていません。忖度なしで12人誰が出てもおかしくないと思っています。その中でも今シーズンは何が起こるか分からないので、一試合一試合、しっかり勝ちきっていくことが大事になると思っています。
もちろん出場時間のシェアもしなければいけないです。ただ、漠然としたイメージですけど、今シーズンは試合によって偏ることもあると思っています。例えば土曜日の試合で30分出たメンバーは次の試合でプレータイムが少なくなる。その分、違うメンバーが30分プレーする。そういうシェアの仕方になることもあり得ます。その試合の対戦相手に対して強みを持っている選手を長く起用する使い方も考えています。
──特に平日の試合においては、主力を温存させるロードマネジメントみたいな戦略も検討していますか。
選手は休みたくないと絶対に言いますけど、そこはスタッフ、コンディショニングチームと話し合うことになります。ある試合で勝ちを追求した結果、特定の選手にプレータイムが偏ってしまった時は、ロードマネジメントを採用する可能性も出てきます。
「新米コーチが上手く立ち回ろうとしても仕方ない」
──就任2年目となることで、1年前と比べれば落ち着いて開幕を迎えることができそうですか。
1年目と比べて、少しは全体を見渡せる余裕はあるかもしれませんね。今シーズンはアシスタントコーチ陣に練習でより多く指導してもらっています。これもコロナ禍の中での対策の一つです。いつ僕が陽性反応になるか分からない中で、誰が抜けてもチームが同じ状況でいられるようにすることが、今シーズンのチーム作りの大きなポイントです。そういう意味で言うと、他のスタッフに任せるところは任せて、より全体を見ています。そこは1年目とは大きく違います。
──昨シーズンに結果を残したことで、周囲の見方や期待が変わってきたと感じることはありますか。
いや、あんまりないですよ(笑)。昨シーズンは結果を出せましたが、自分自身ダメだったところはたくさんありました。コーチは経験が大事で、どれだけ場数を踏んでいるかだと思うので、そういう意味で言うとまだまだ僕は新米です。新米コーチが上手く立ち回ろうとしても仕方ないので、目の前のことに一生懸命になるしかないです。ただ、本当にありがたいのが、新米コーチの考えるバスケット、目指しているものに選手がすごく共感してくれて、それをコートで表現しようとしてくれていることです。そこにすごくやり甲斐を感じていますし、このチームで一緒に目標を達成したいです
サンダースファミリーの皆さんの期待はすごく感じるので、良い意味でそれに対するプレッシャーはあります。でも、今シーズンは特に目の前をことしか考えられない状況なので、先の展望について不安になったりする余裕もないですね。
―チームは今シーズン、『UN1TE』をスローガンに掲げています。佐藤ヘッドコーチ個人にとってのテーマはありますか。
総合力です。自分だけではなく、コーチ、スタッフ、選手、フロントも含めたチーム全員で力を出したい。自分だけ取り上げられて注目されるような状況があまり好きではないんです。みんなで一丸となってやっているから、川崎はすごく良いチームだと皆さんに言われたいです。そして昨シーズンと同じで、とにかく選手がコートでそれぞれの一番の強み発揮できる状況を作ってあげたい。その積み重ねが結果に繋がるので、そこには今シーズンもこだわっていきたいです。
―それこそ佐藤賢次という一人のヘッドコーチとして、スポットライトを浴びたいみたいな欲はありませんか。
あんまりないです。もちろん人間なので、目立ちたいし、チヤホヤされたいという思いもあります。ただ、もしそうなったとしても、その状況が自分にとってあまり居心地が良くない(笑)。やはり、みんなが称えられる状況の方が僕は気持ち良いですね。
──それでは最後に、川崎ファンにメッセージをお願いします。
『UN1TE』のスローガンにも込めた思いですが、コロナ禍の状況で人と人とが距離を取ることが当たり前になりました。その中で、団結する、一体感を持って何かをするっていうきっかけを作るのがスポーツの一つの大きな役目だと思っています。こういう時だからこそチームの目標達成だけでなく、スポーツの力、バスケットの力を通じて、一瞬でも良いので皆さんと一つになる空間、きっかけを作りたい。今、皆さんはいろいろなストレスに直面していると思います。それを少しでも解消できるプレーを届けたい。そういう気持ちを胸に秘めてシーズンを戦い、その上でもちろん結果も出したいと思っています。