浜口炎

191cmの大型ポイントガード宇都直輝、若手No.1の得点能力を誇る岡田侑大、昨シーズンの新人王に輝いたシューター前田悟、ポジションにとらわれないBリーグの『ミスター・トリプル・ダブル』ことジュリアン・マブンガ、そして3年ぶりに復帰した元エースの城宝匡史。富山グラウジーズにはバスケットボールファンを魅了するタレントが揃ったが、ボールは一つしかない。彼らの個性を一つにまとめてチームとして同じ方向を向かせる指揮官の力量こそが、チームの浮沈を左右すると言っても過言ではない。9年を過ごした京都を離れ、富山で大きなチャレンジに挑む浜口炎ヘッドコーチに、今の心境を語ってもらった。

「このチームの選手だけが特別に個性的なわけじゃない」

──富山での新しいチャレンジがスタートしました。就任発表から1カ月がたちましたが、富山での生活はいかがですか?

家族が引っ越して来てちょうど1カ月になります。すごく住みやすいですね。心配だったのは子供のことだったのですが、短い夏休みでしたが自然が多い環境で海に行ったり山に行ったりと楽しんでいます。学校に通い始めて1週間ぐらいですけど、これでまずは一安心です。環境も良いし、食べ物は美味しいです。

──画面越しでも分かるぐらい日焼けしましたね。これは家族で遊びに行っているのか、練習の成果なのか、どちらですか?

両方ですね(笑)。毎回じゃないですけど外でのトレーニングもしていて、ゴルフ場を走ったりとかしているので。8月中旬まではファンダメンタルを中心に身体作りの練習が多かったんですけど、この2週間でチーム練習が増えてきました。今は4対4までやっています。コロナの影響を心配していたのですが、選手たちは僕が来る前から結構トレーニングをしていて、身体をしっかり作っていました。ハードワークできる選手が多く、よくやってくれています。

──もともと富山は個性的な選手が多いイメージですが、今シーズンは特にそんな顔ぶれが揃いました。噛み合えば爆発力はすごいですが、個性派集団をチームとしてまとめなければいけないヘッドコーチは大変なんじゃないかと思います。

確かに個性派集団と言われますけど、どの選手も基本的には小中高大とスター選手としてやってきて、みんな我が強くてこの世界に入ってきています。だからこのチームの選手だけが特別に個性的なわけじゃないと正直思っています。実際、みんな素直に話を聞いてくれるし、ハードワークしてくれます。確かに激しさを持ち合わせている部分もあって、ハマればどこにでも向かっていける爆発力がありますね。

ただそれが僕にとって難しいかと言われればそうは思っていなくて、チーム作りはどのチームでも簡単じゃないし、一人でできるものではありません。それはチーム全員で理解しながら少しずつ積み重ねて行くもので、僕が来てチームを一つにするものではないので。それは富山に限らず、どのチームに行っても簡単ではないと思っています。

グラウジーズの今までの良い文化は、皆さんが思われるように個があって自由に自分の力を出せるような部分です。そこを残しながら、今まで僕がやってきたイメージを融合できればと思っています。劇的に変えて自分のものだけに持っていこうとは思っていなくて、彼らの持っているものに「こうしたらもっと良くなるんじゃない?」という部分を足せたら良いと思っています。

──それがどんなものになるのか、具体的なイメージはできていますか?

就任会見では『目に見えない力』と表現したんですけど、もうちょっと言うと『数字に表れない部分』をチームとして大切にしていくことがグラウジーズには必要だと思っています。人のためにスクリーンを掛ける、人のためにスペースを取ってあげる。バスケットは数字のスポーツですが、エナジーだとかチームワーク、ハッスルプレーをもう少し強調して大切にしていけば、もっと良いチームになれるんじゃないかと感じていて、選手にもそういう話をよくしています。

浜口炎

「ハンドラーは多ければ多いほどプラスだと考えています」

──それではズバリお聞きしたいのですが、宇都直輝選手がいて岡田侑大選手がいてジュリアン・マブンガ選手も加わりました。みんなボールを持って自分からクリエイトしたい選手じゃないですか。エースになれる選手がたくさんいますが、チーム内でどう整理するのか。富山は楽しみなメンバーが揃いましたが、そういう部分での心配もあると思います。

もちろんバスケットをやっていれば誰もがボールを持ちたいし、シュートを打ちたいものだと思います。ボールを持たないと面白くないと思う選手はたくさんいますよね。でも僕は、ハンドラーは多ければ多いほどプラスだと考えています。もちろんボールは一つしかないので、理解度を高めながらチームプレーをしていくのは大事だし、それを今やり始めたところです。それは練習の時から少しずつ理解していく作業の繰り返しですけど、良くなってきていると思います。

──オフェンスはボールさえ回れば上手くいくイメージはしやすいです。ではディフェンスはいかがですか?

ハードにやっていますよ。もちろんボールマンプレッシャーをしなさい、ディナイをもう少しハードに、と指示することはあります。それで選手もどれだけプレッシャーを、どれだけディナイをすればいいのかを考えていきます。そういうお互いのやり取りの中で、ディフェンスの強度も含めてチームとして同じトーンをセットしていきたいです。

──ベースのシステムとなるものは京都でやっていたものと変わりませんか?

そうですね。正直、僕もそこまでいくつものシステムを使いこなせるコーチではないので、自分が伝えられるもの、これだと落とし込めるものは仙台、京都でやってきたものです。ただ、メンバーが変われば中身も変わるので、ベースは同じでも京都とはまた違った感じのバスケになると思います。

──選手との距離感はどうですか?

選手が何か不満を表に出したことはないし、逆に僕も怒ったこともないし、練習ではまだお互いに探り探りですね(笑)。僕はもともと選手と話はしますが、個人的に距離を縮めるタイプではないので、徐々にやっていきます。チーム全体でのバーベキューも企画していたんですけど、コロナの影響でやれていません。でも今日は選手と3人でのシャッフルランチでしたよ。ミーティングもするし、ちょっと楽しみながらコミュニケーションを取ったり、お互いのことを理解しながらやっていけたらと思います。

──アシスタントコーチの2人(高岡大輔、石橋晴行)は昨シーズンから引き続きですが、過去に一緒でしたね。

そうですね。今回富山に来る時に誰も連れてこなかったのですが、偶然ですがバシは京都で一緒でしたし、大輔は仙台で一緒でした。偶然にもそういう縁があり、一緒にやっていた2人がアシスタントコーチなのはうれしいですよ。

──チームの中で、一人キーマンを挙げるとすれば?

直輝がキーマンになると思います。2年続けてキャプテンですし、富山で5年目の選手です。リーダーとしてチームを引っ張ってもらいたいし、また代表復帰のためにも頑張ってもらいたいです。基本的に代表選手は強いチームから選ばれる部分が少なからずあると思うんですね。チームを勝たせて代表復帰してもらいたい。そういう意味でも彼がキーマンなのは間違いありません。あとはベテラン勢ですね。城宝(匡史)や水戸(健史)が、チームとして結果を残すことを目標にして、リーダーシップとプレーの面の両方で期待しています。

浜口炎

「明日どうなるか分からないけど、信じた道を進む」

──bjの初期、仙台でヘッドコーチを始めたのは30代半ばだったのが、50歳になりました。感慨のようなものはありますか?

いやあ、50歳になったんだとは思いますけど、まだまだ勉強してコーチとして成長したいですよ。富山で新しいチャレンジを始めるタイミングでもあるので、ますますそう感じます。今も新しいチームに来て新しい選手たちと毎日を過ごして、すごくワクワクしています。現場が好きなので、やれる限りはコーチを続けていきたいし、そうでなくてもバスケットに携わりながら生活していきたいです。個人的には優勝したいという目標もあります。bjリーグでプレーオフに出させてもらい、京都でも一度チャンピオンシップに行きましたが、優勝はしていないので。やっぱりチャンピオンになりたいです。

──今シーズンは観客が半分になることが発表されました。コロナ禍でのシーズンにどう向き合いますか?

本当に僕たちはこの先どうなるのか分かりません。でも、仙台で震災があった時のように、今やれることを一つひとつやっていくしかありません。お客さんが半分でも入ってくれるのはすごくありがたいことです。そうなれば僕たちはできることを準備して、ブースターさんに喜んでもらえるように頑張るだけです。

──仙台のヘッドコーチを降りた時は東日本大震災がきっかけでした。今回は直接的な関係はありませんが新型コロナウイルスの年にチームを代わったことになります。

仙台の震災の時は、3月11日の一日だけですべてがガラリと変わりました。今回も試合ができなくなって、僕たちはスポンサーさんやお客さんがいないと生活ができなくなってしまうので、どうなるか分からない中で一日一日を大切にしていかなければいけません。そういう意味ではコービー・ブライアントが亡くなった時も同じことを思いました。明日どうなるか分からないけど、それぞれが自分の信じた道をきちんと進んでいかなければいけないです。

──京都を応援してくれていた皆さんに挨拶する機会がありませんでした。何か伝えたいことはありますか?

良い時はもちろんですけど、なかなか勝てない時期も応援してくださったことにすごく感謝しています。楽しい9シーズンでした。スポンサーの皆さんやボランティアの方々、いろんな人にお世話になったのですが、最後に挨拶できなかったのは残念です。本当に皆さんには感謝しています。でも、そう思っていたら開幕戦がいきなり京都なので(笑)。

──開幕カードが発表された時、一番インパクトが強かったのはそこでした(笑)。

ね、よく考えられてますよね(笑)。でも、自分で選んだわけですから、今はこちらのチームのことを考えます。

──富山の皆さんも新しいチームへの期待は大きいと思います。ファンの皆さんへメッセージをお願いします。

今まで富山には何度もアウェーチーム側で来ていたんですけど、皆さん熱く応援してすごく雰囲気が良いと思っていました。今度はそのブースターさんを味方につけて、応援してもらえるのはすごくうれしいことです。皆さんのために僕は全力で取り組むつもりです。是非、選手の後押しをして一緒に戦ってください。


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