藤田弘輝

「地区優勝できた自分たちを評価してもいいと思います」

今シーズンの琉球ゴールデンキングスは、オフシーズンに複数の主力選手が移籍。さらに開幕早々に大黒柱ジョシュ・スコットが負傷離脱し、12月には指揮官の佐々宜央が途中退任と、様々な困難に直面した。しかし、その中でもチームは踏ん張り、シーズン中止の時点で僅差ではあるが地区首位となり、3年連続の地区優勝を達成した。

このタイトル防衛に大きく寄与したのが、難しい状況で指揮官の座を引き継いだ藤田弘輝だ。オフにBリーグ初年度から昨シーズンまで3年間に渡って務めた三遠ネオフェニックスの指揮官を退任し、一から出直しを図ろうとアシスタントコーチとして琉球に加わった。そこから、まさかの展開でヘッドコーチとなった藤田は、チームをまとめ上げ、年明けからは宇都宮ブレックス、サンロッカーズ渋谷との強豪との対戦も1勝1敗で乗り切った。

圧倒的なオフェンスリバウンド力でゴール下に君臨するジャック・クーリーという唯一無二の大砲を擁し、チャンピオンシップでもダークホースとして楽しみなチームを作り上げた藤田は、新型コロナウイルスの感染拡大を抜きにしても激動だったシーズンをこう振り返る。

「ケガ人がいたりコーチが途中で代わったり、本当にいろいろなことがありました。大幅に選手が入れ替わり、下馬評では戦力が落ちたと言われてもおかしくない、大きな変革を行なって迎えたシーズンでした。その中で今年のメンバーは高いモチベーションで苦難を乗り越えてくれました。最終的にこういう形ではありますけど、西地区優勝を達成できた自分たちを評価してもいいんじゃないかと思っています」

シーズン中止が正式に発表された時の気持ちをこう明かす。「予想としてレギュラーシーズンは無理だろう。ただ、プレーオフを5月にやれるかもしれないと思っていました。3つぐらいのシナリオを予想して、それにどう対応していくのか、事前から考えていました。だから中止は驚きましたが、予想通りと言えばそうでした」

こう語る藤田だが、リーグの判断は尊重している。「新型コロナウイルスへの不安がある中でも、選手たちは自分たちのやるべきことに集中していました。沖縄の皆さんのため、そして日本の皆さんをキングスのバスケットで勇気づけようと一致団結していました。それはとても誇りに思います。それと同時にまずは命あってのバスケット、経済活動が僕の考えであり、中止はリスペクトできる判断だったと思っています」

今回の新型コロナウイルスを巡る状況は、日本が異国の地となる外国籍選手にとってはより困難なものとなる。ただ、キングスのアメリカ人選手たちは、与えられた状況でやるべきことに集中した。「この状況をどう思っているかを感じ取れるよう、個別にコミュニケーションをたくさん取ることを一番に気にかけました。外国籍選手も日本人選手たちと同じで、そこまでブレずに『自分の仕事をするだけ』というメンタリティを持ち続けてくれて助かりました。特に(ユージーン)フェルプス選手はロサンゼルス出身で、地元のカリフォルニアも相当大変な状況の中、悩みながらも全力でバスケをしてくれました。彼らの振る舞いにはすごく感謝しています」

藤田弘輝

「地区優勝の真っ只中、ヒリヒリしてワクワク」

あらためてヘッドコーチとしての采配を聞くと、シーズン途中で立場が変わることへの適応がまず大きな課題だった。「アシスタントでは、どちらかというと選手とヘッドコーチの間に入る立場でした。それが現場でトップのヘッドコーチとして振る舞わないといけない。まずそこに慣れるところからのスタートでした」

「まずは地区優勝をしようと、目の前の1試合1試合に必死でした」と戦い続ける中で感じ取れたのは、次のようなチームの成長だ。「選手一人ひとりが優勝するため、チームのために何ができるか、そこをより考えられるようになった実感があります。そこに勝利への貪欲さ、強いこだわりを持ったカルチャーを少しは作れたと思います。ただ、それはまだ足りないので、来シーズンに向けて再開した時は、もっと良くなるように取り組んでいきたいです」

また予想外の形ではあったが、アシスタントからのヘッドコーチ復帰を経験して、一人の指導者として実り多いシーズンとなった。「人間は失敗から成長すると思っています。三遠でたくさん失敗して、そこからまた学び直そうとして琉球に来ました。そこですぐにヘッドコーチに戻って、その失敗から学んだものを試す機会が予想より早く来ました。その中で、今までの失敗からは少し成長できているという思いはあります」

過去3シーズン、藤田が率いた三遠はリーグ初年度こそワイルドカードでプレーオフ進出を果たしたが、過去2年間は黒星先行で残留プレーオフから逃れることを現実的な目標として後半戦を戦う状況だった。そこから地区優勝が求められる琉球という立場の変化についての違いはこう振り返る。

「負けず嫌いなので、三遠の時もずっと勝ちたい、なんとか選手たちを勝たせてあげたいという思いでやっていました。勝ちに対するメンタリティはそこまで変わってないと思います。ただ、残り20試合で残留プレーオフにいかないことを見据えるか、地区優勝を目指すのか、感覚としては違いましたね。違う意味で負けられない感じでした」

「その違いでプレッシャーをより感じるというより、やりがいのほうが強かったです。地区優勝争いは楽しかったですね。三遠でプレーオフに行った1年目も地区優勝争いから離れた位置にいました。それが今年は地区優勝の真っ只中でしたので、それはヒリヒリしてワクワクしましたね」

藤田弘輝

「全員で乗り越えて、みんなで一緒にバスケットを」

シーズンで最も印象に残る場面を問うと、「ほぼ頭の中がコロナのことで占められていたので難しいですね」と言いつつ、3月の無観客試合を挙げた。

「無観客での試合は、本当にチームを誇りに思う瞬間でした。チーム一丸となって、戦術というよりインテンシティとエナジーレベルで2試合勝ったと思います。その後にライブ配信で、キングスvsキングスのスクリメージをやりましたが、いつ試合が再開されるか分からない状況で、選手たちが楽しそうに、そして激しくキングスらしいバスケットをやってくれたことも印象に残っていますし、それは誇りに思います。また、佐々さんがいなくなったのは大きかったですね。素晴らしいコーチだと思っていますし、キングスに入ってから佐々さんにたくさんのことを学びました。突然の形で抜けたのは衝撃が大きかったです」

長いオフシーズンに入った今、「いつも通りに開幕してくれるのが一番ですけど、もしかしたら12月になるのか。開幕できるのかは分らかないです」と藤田が言うように、Bリーグの先行きは不透明だ。

ただ、その中でも彼は来るべき次の戦いに向けて準備を怠らない。「とにかく今は自分にできることをやる。コロナウイルスからの安全を第一に考えると家にいる時間が長くなるので、海外の試合を見たりシーズン中にできない本を読んだりします。いろいろと工夫して、個人的に少しでも成長するのが一番重要だと思っています」

キングスファンに向けて、「まずは皆さんのお体と命を大事にしてください」とメッセージを送る。「僕たち全員が愛するバスケットボールという競技でまた皆さんと一緒に戦えるように今、やるべきことを全力でやります。今は苦しい時期ですけど全員で乗り越えて、みんなで一緒にバスケットを楽しみましょう」

途中交代でリーグ屈指の人気チームを率いるプレッシャーを乗り越え、日本代表でもアシストタントとしてワールドカップの大舞台を経験した。濃密なシーズンを過ごした33歳の若き指揮官は、沖縄だけでなく日本バスケ界にとっても期待のホープだ。