文=鈴木健一郎 写真=古後登志夫

JXの連勝を止め「戦えることが証明できた」

年内最後の公式戦となった先週末のWリーグ、トヨタ自動車アンテロープスはJX-ENEOSサンフラワーズと対戦した。9日の第1戦ではその分厚い選手層を生かし、10選手が最低でも13分のプレータイムを得る総力戦の末に81-75で勝利。JX-ENEOSの3シーズンをまたぐ連勝を50で断ち切った。しかし、翌日の第2戦ではJX-ENEOSの逆襲に遭い、54-80と大敗している。

トヨタの新たなエース、長岡萌映子はこの2試合を振り返りこう語る。「昨シーズン無敗のJXと今シーズンになって初めて対戦しましたが、昨日は勝っても今日はこういう試合になってしまいました。でも、負けたのは全部自分たちが崩れたからで、そういう意味では戦えることが証明できたと思います。すごく悪い試合ではあったのですが、勉強になりました」

何をやっても勝てないのが『女王』JX-ENEOSだっただけに、その状況を変えた意義は大きい。「一つ勝ってホッとしたところがありました。でも、今日みたいな気迫が本物のJX-ENEOSだと思います。皇后杯だったりプレーオフで当たる時のJXは今日みたいな感じだろうから、これに勝たなきゃ意味がありません。JXが来るのは分かっていて、自分たちがそれを上回る気迫を出していかなきゃいけなかったのに準備ができていなかった」

そうやって反省の言葉が続く中でも、一つ勝てたことはやはり自信になる。「良い意味で言えば、勝負できることが分かりました。自分たちの100%、120%のバスケットができれば勝負になるということです」。これは、一つ勝ってみないことには言えない言葉だ。

「バスケをやっている限り夢はあきらめられない」

その長岡に、富士通からトヨタへの移籍という『キャリア最大の転機』についてあらためて聞いた。「悩みに悩みました。富士通にもいろんな思いがありましたから」と長岡は言う。

「富士通で5年間、それもエースとして責任感を持ってプレーさせてもらいました。それでも、自分がリーグのベストプレーヤーかと言えばそうでもない。自分がレベルアップするために、新しいバスケットを学ぶことが一つのポイントでした」

そうして選んだのがドナルド・ベックが指揮するトヨタだ。「一番の違いは自分のポジションで、日本代表に行くと3番でプレーするのにチームでは4番をやっていました。私はチームでの活躍だけを求めているわけではないので、3番をやらせてもらえることが大事でした」

長岡自身、パワーフォワードでプレーするのが嫌なわけではない。「4番は自分の好きなポジションですし、得点もたくさん取らせてもらって」と愛着を示すも、自分が殻を破ってレベルアップするには3番でのプレーを向上させなければならない。そしてもう一つ、『勝つ経験』が大事だと長岡は考えている。

「富士通では結局優勝できなくて、エースでやらせてもらっている自分の力のなさを感じました。考え方としては、優勝するまでそこで頑張るというのもあります。それをせずに移籍してしまうのは、周りから見たらワガママ、自己中心的な考えかもしれません。でも、バスケットをやっている限り自分の夢はあきらめられなくて、そういった思いで移籍を決めました」

「新鮮だし楽しいし、そしてやっぱりキツい」

トヨタが世代交代に伴い大型補強を行うタイミングに合ったということもある。外国人コーチから新しいバスケを学びたいという長岡の望みも満たしていた。そしてもう一つ、大神雄子とプレーするラストチャンスを逃したくないという長岡の思いもあり、トヨタ移籍が実現した。

「シンさん(大神)にはこれまでもお世話になっていました。シンさんのリーダーシップは、このリーグのどこを見ても似た人がいないじゃないですか。まだ先ですが、いつか自分がベテランになった時にどうあるべきか、そういう経験もできると思いました。もちろん、単純にシンさんと一緒にプレーしたいという思いもありました」

新天地でのシーズン開幕から2カ月が過ぎ、新たな環境にもフィットしてきた。「実際にやってみて、トヨタに抱いていたイメージと現実とのギャップはありますか?」という問いに、長岡は「こんなにもキツいのかって……」と苦笑する。「トヨタにはタイムシェアのイメージがあると思うんですけど、短い時間でも本当にキツいんです。プレータイムが5分だったら、5分間ずっとプッシュし続けるとか、5分しかやれないレベルのことを求められます」

「ベックさんは厳しいです。毎日の練習が練習じゃないというか、ゲームライクでテンポも速くて、すごくキツいんですが、すべて自分にとっては新鮮だし楽しいし、そしてやっぱりキツいです」と長岡は笑った。

「まだゼロを見たら『私?』って感じです」

新鮮で楽しく、そしてキツい日々を過ごす中で新しい環境にすっかり馴染んだように見える長岡だが、一つだけ違和感が抜けないものがある。ファンと同様、長岡自身も新しい背番号『2』にまだピンと来ていないのだ。

「まだゼロを見たら『私?』って感じです。2番にはまだ全然馴染めないですね。私としてもゼロを着けていた5年間のイメージが強すぎて。1シーズンが終わった頃には自分としても馴染んで、見ている人にも『長岡と言えば2番』と思ってもらえるようになったらうれしいです」

背中の『2』が自他ともに認める自分の番号になった頃、長岡はこれまでの殻を破って『なりたかった自分』に大きく近づいているはずだ。ただ、今はシーズン中断期間に入り、一呼吸入れるタイミング。「いつものシーズンより試合がない期間が長いのでリラックスしたいですね。オフも少しはもらえるし、オールスターもあるので、最初の週ぐらいは楽しんでいきたいです」