コービー・ブライアントに追憶の意を込めて、エアボールから始まった『勝利の記憶』

コービー・ブライアントに追憶の意を込めて、エアボールから始まった『勝利の記憶』

2020/01/28

コービー・ブライアント

エアボールから始まった『コービー勝利の記憶』

初めて記憶に植え付けられたコービー・ブライアントのプレーは忘れられない。1997年のプレーオフ西カンファレンス準決勝第5戦、同点で迎えたラストプレーでレイカーズはコービーのアイソレーションを選択し、ものの見事にリングにかすりもしないエアボールに終わった。オーバータイムにもつれ接戦が続く中でもコービーは次々とシュートを打っていき、あれもこれもエアボール。5分で4本のエアボールを放ってレイカーズのシーズンを終わらせた18歳には、怒りとともにその強心臓っぷりに戦慄を覚えたものだ。

当時のレイカーズにはスーパースターのシャキール・オニールだけでなく、オールスターのエディ・ジョーンズや勝負強さに定評のあったニック・バン・エクセル、そして後に数々のクラッチショットを決めたロバート・オーリーがいたにもかかわらず、レイカーズがコービーに打たせたことは信じられない決断だったが、後にコービー本人が「自分が打ちたい」と望んだのだと伝わってきた。大舞台でチームの命運を握ろうとする18歳の強心臓っぷりと、リングに当てることすらできなかった勝負弱さ。そのどちらが正解なのか、この時点ではまだ分からなかった。

次に記憶に残るコービーは、NBAを沸かせる『マイケル・ジョーダンの後継者』としての姿。エアボールから9カ月後にはオールスターのスターターに選ばれる選手になっていた。しかし、19歳のコービーはレイカーズではシックスマンに過ぎなかったし、平均得点も15点程度だった。何人も現れては消えていく『ジョーダンの後継者』がいた中で、まだ十分な結果を残しているとは言えないコービーがファンの心をつかんだのは、注目された試合で結果を残したからだ。

今ではネットを通じてNBAを簡単にリアルタイムで観戦できるし、いくらでもハイライトを見ることができるが、当時はテレビ放送が唯一のツールであり、ましてや日本でコービーのプレーを見るのは簡単ではなかった。しかしジョーダンとの直接対決となれば話は別で、世界中のファンが注目するブルズとの対戦はテレビの画面越しでも高鳴る鼓動を抑えられなかった。

同じポジションでマッチアップした2人の対決は、史上最高の選手と19歳の若者とは思えない白熱ぶりで、チャレンジャーとして向かっていくコービーだけでなく、ジョーダンもヒートアップしていくのが目に見えて分かった。激しい闘争心で向かってくる相手を叩き潰そうとするジョーダンに対して、コービーは当時のキャリアハイとなる33点を奪い取り強烈な競争心を見せつけてくれた。続くオールスターでの対戦もトリッキーなプレーで観客を沸かせて試合の主役となり、ジョーダンとMVPを争った。

世界が注目する試合でシーズン平均を大きく上回る活躍をするコービーは、あっという間にエアボールの印象を覆した。外しても外しても打ち続ける強心臓っぷりがコービーであり、失敗を成功に変えるメンタリティがコービーだった。

コービー・ブライアント

最後に勝つからこそコービーはコービーだった

コービーはミスの多い選手だったし、フィールドゴール成功率やプレー効率を考えればレブロン・ジェームズとは比較にならない。21世紀最高の選手として比較される2人だが、コービーファンでさえ数字を見比べたら「レブロンの方が上だ」と断言する。

でも、違うんだ。コービーというのはスタッツだけで語れる選手ではない。勝負どころで輝き、強引にでもチームに勝利にもたらし、数字以上に相手を叩きのめす選手なのだ。数字を比較すればレブロンに負けても、2人が直接向き合ったならば「コービーが勝つ」と私は言う。残念ながらファイナルで顔を合わせることはなかったが。

シーズン終盤に4試合連続50点越えをした時は、チームが不調でプレーオフが危なかった中でコービーはほとんど休むことなくプレーし続けたし、歴史的な1試合81点の試合は、前半が14点差と大量ビハインドとなり自己中心的に打ち始めたことで、後半だけで55点を奪った試合だった。コービーが記録を残すのは、勝利に導くために強い競争心が発揮された時ばかりだったように思う。

勝利をもたらすブザービーターを連続で決めたこともあった。しかし、そもそも「最後のワンショットで勝負が決まる」試合はシーズンの中に数えるくらいしかないのに、コービーにはそんなシチュエーションが多かった。それは最後のワンショットになるところまで追い上げていく、言葉にはできない支配力があったからだと思っている。苦しい試合になるほど高い集中力を発揮し、どんなに試合がもつれても最後に勝つからこそコービーはコービーだった。

コービー・ブライアント

現役ラストゲーム、笑顔から闘争心へ

最後に植え付けられた記憶は引退試合だった。すでにコービーは、ケガ人続出で苦しいチーム状況だった2012-13シーズンに勝利のためにフル稼働し、そして実質的に選手生命を終わらせるケガを負ってしまった。ケガから復帰はしたもののラストシーズンは『レジェンドの引退ツアー』みたいなものだった。だから最後の試合でコービーが60点も奪うなんて想像もしていなかった。

試合開始から引退するコービーに打たせたいチームメートからのプレゼントみたいなシュートシーンが多く、コービーも笑顔を見せていたが、前半が終わって15点ビハインドの展開で、その笑顔はかつての競争心溢れる形相に変わっていった。とても追いつけるとは思えない試合展開だったが、コービーの支配力は敗戦を許さなかった。そして引退試合でも勝負強さを見せ付け、第4クォーターで23得点を奪い、強引に勝利を手繰り寄せてしまった。

やっぱり最後に勝つからこそコービーだった。

NBAには優秀なルーキーが次から次へとデビューしてくるが、エアボール連発でシーズンを終わらせたルーキーはコービーしか知らない。優秀な選手はシュートは決めるが、エアボールを打ったら次のシュートは躊躇してしまう。しかしコービーは打ち続けたし、次のシーズンには大きくなって帰ってきた。

ひょっとしたらコービーは優れた選手ではなかったのかもしれない。しかし逆境に陥っては強すぎる競争心で立ち向かい、試合を支配し、勝利をもぎ取っていった。この先、コービーよりも優れた選手は何人も登場するだろう。コービーの記録はいずれ塗り替えられていく。だけど私は言うんだ。「最後に勝つのはコービーだ」と。

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