Bリーグ初年度、B2西地区を制して昇格を決めた島根スサノオマジック。この夏、末松勇人GMは『B1仕様』の戦力を整えるべく、強い決意を持ってチーム作りを進めた。決して恵まれた環境ではない中での編成で重視したこと、そしてチームを作る上での苦労について聞いた。
島根スサノオマジックの末松勇人GMに聞く2017年夏のチーム作り(前編)
「B1のチームに立ち向かい、結果を出すために」
「島根で」という気持ちを持っているかどうかが大事
──ようやくチームの体制が固まって、あとは開幕を待つだけとなりました。今夏のチーム作りはB1での戦いを見据えたこともあって、桁違いの難しさとプレッシャーがあったと思います。
そうですね。西宮とのB2優勝決定戦が終わって、そこで初めて動けるようになるわけです。そこから今まではものすごいスケジュールでした。やることはたくさんあって、日に日に状況が変わっていく毎日が続きました。プレッシャーはあるのですが、「逃げたい」という方向に気持ちが行くと体調まで悪くなるので、頭を整理するために他のことを考えることはあっても、常にチームのことを考えるようにしています。
──一番最初にやったのがヘッドコーチ人事ですね。
勝久マイケル前ヘッドコーチは2年の契約を満了しての退任となりました。鈴木裕紀ヘッドコーチはお互い現役だった頃に大分で一緒でしたが、現役時代からのバスケットの考え方があって、そこにコーチとしての経験を積むことで、共感できる部分が非常に多かったんです。実は以前にもオファーを出しているのですが、その時よりもさらに共感できるようになっていました。B1で戦うために何が必要なのか、その考え方が一致していたのが決め手になりました。
──鈴木ヘッドコーチからの獲得選手についてのリクエストはありましたか?
このポジションにはこういうタイプの選手、という要望は事細かにありました。メンタルの重要性については鈴木ヘッドコーチも同じ考えです。「どこでもいいからプレーするチャンスをくれ」という選手と一緒にはやれないので、「島根で」という気持ちを持っているかどうかを大事にしました。私は欲しい選手には全員会いに行き、直接話をしています。
「一度話しただけで何が分かるんだ」というのは確かにあります。それでも縁があった、つながりがあったところから信頼関係を作っていき、最終的に契約することになります。選手によっては何回も会いに行き、コミュニケーションをたくさん取った中で決断してもらいました。
「移籍したとしてもそこで活躍して戻って来てもらいたい」
──佐藤公威選手の獲得は編成としては大きな勝利だと思います。彼については以前から口説いていたと聞きました。
佐藤選手は今回、大きな決断をして島根に来てくれました。彼は誘われてすぐに「分かりました」と言う性格ではないし、新潟への強い思いもあります。去年の時点では獲得できなかったのですが、「ウチは絶対に1年で昇格するから」ということは伝えていました。その状況でコーチもチームも変わるということで、決断してくれたのだと思います。
彼はB1昇格をしてくれた昨年のメンバーに対するリスペクトを常々口にします。「歴史を作ったチームの次のメンバーに選ばれて、そこに泥を塗りたくない」と。相馬選手も「このコーチを信じてバスケットをやる」という気持ちが強いです。ベテランも若手も問わず「この1年に懸ける」という思いがないと戦っていけません。そういう気持ちを持った選手を集めたつもりです。
──Bリーグになって選手の年俸が上がっているという実感はありますか?
ありますね。実際に「高い」と思うこともあります。必要な選手は高くても取らないといけないのですが、他のチームとの競合で高くなった選手を最後まで追う必要はないとも思っています。それで契約できたとしても、その後の彼らのことをずっと見ていられるわけではないので。
──ずっと見ているというのは? 基本的に選手との契約は1年ずつの更新であって、その先の面倒までは見られないと思うのですが、それでは信頼関係は築けないものですか?
選手がどう思っているかはそれぞれですが、私は契約した選手には長くプレーしてもらいたいし、移籍したとしてもそこで活躍して戻って来てもらいたいと思っています。当然、パフォーマンスできることが前提ですが。島根はこれまで入れ替わりが少なく、生え抜きの選手が多いチームでした。今回移籍した選手も、島根以外の環境をあまり知らない選手が多く、外に出て現実を見るのも一つ大事な経験になると思います。
逆にこの夏は初めての移籍で島根を選んでくれた若い選手がたくさんいます。家族のことや環境の変化などいろんな要素がある中で島根を選んでくれた意味は大きくて、その選手たちを今後どうしていくかという責任はクラブとして持っているつもりです。
「GMは厳しいことが言えなくなったらもうそれまで」
──Bリーグになってからの1年でバスケ界は知名度も市場規模も大きくなりました。良い選手は奪い合いになって、信頼関係だけじゃなく金額の勝負になることもあると思います。
B2では悪い報酬ではないと思うのですが、B1で考えたら分かりません。当然、選手たちの中ではいろいろ考えることもあるでしょう。でも島根としては、マネーゲームをやって続けられる保証は全くないので、今後を考えた動きが必要です。アンダー世代の育成をやって成果が出るのは5年後、10年後かもしれませんが、今取り掛かるべき大事な部分だと実感しています。また今の学生を見に行って、島根に来てくれるような関係性を作るのも大事です。
──末松GMはまだ35歳と若く、波多野和也選手は同学年です。年齢の近い選手との交渉はやりづらくないですか?
お金を提示することに関してはお互いにプロですから。年齢が近いとか昔一緒にやっていたからと言って交渉がスムーズに行くとは限りません。GMは厳しいことが言えなくなったらもうそれまでです。選手も自分の生活があって交渉しています。そこは感情抜きにプロとしてやります。その上で、どこか深いところでつながっているのかもしれませんが。
──今夏の編成に関して、できたところとできなかったところを挙げてください。
チームバランスを崩さない補強はできたと思います。どこかのポジションの控えがいない、という状況は避けられました。できなかったことは、理想が高かっただけにたくさんあります。でも、これはタイミングの問題なので何とも言えません。
──タイミングの問題というのは、具体的には?
『Bリーグバブル』と呼ぶべきかどうかは分かりませんが、そういう状況があるので選手としては「もう少し時間が欲しい」と言います。ですが我々としては「待てないから次の選手に行くよ」と言わなければ編成が進みません。逆に選手が島根を選んでくれると過度に信じてしまい、結果的に後手を踏んでしまうこともありました。決まらないのであれば早く見切りを付けて次に行っていれば、という。すべて『たられば』ですけど、そういう駆け引きがあります。
──そんな中でも、強い意識を持った選手を集めました。その効果は見えていますか?
そうですね、B1という未知の世界で戦う上では絶対に必要な要素だし、実際にチームを見ていても、一日一日を大事にしている印象はものすごく受けます。練習以外でのそれぞれの選手の行動、自覚のレベルが上がったと感じています。
今はまだ分からない部分もありますが、間違いなく言えることは、彼らはシーズンが始まる今の時点で危機感を持っています。昨シーズンの選手たちは、あの混戦になったから危機感を持って戦うことができましたが、開幕前の雰囲気はそうではありませんでした。これは大きな違いだと思います。B1で簡単に勝てるとは思いませんが、楽しみにもしています。