「アルバルク東京との差別化が難しい」という指摘
今回の調査で、地域ブランドを考えるうえで興味深いのは、回答者の居住地と渋谷への思いの違いである。渋谷区在住者は回答者の 3.9%にとどまった。一方、クラブと渋谷の結び付きを強く感じていた回答は82.2%、移転後も「渋谷らしさ」を残してほしいとの回答は72.9%に達した。渋谷という地名は、近隣住民に向けた目印を超えて、クラブの個性や観戦の記憶を表す資産になっていたと考えられる。
ここで、競合との差別化という問題も浮かぶ。自由回答には、「アルバルク東京との差別化が難しい」という趣旨の指摘があった。個別の意見であり、ファン全体の評価を示すものではないが、ブランド戦略を考えるうえで検討すべき視点である。「東京」は広い市場への展開を示せる名称だ。その一方で、同じ「東京」を掲げるクラブがある以上、地名だけで独自性を伝えることは難しくなる。従来の「渋谷」という名称が担っていた、クラブの個性を直感的に伝える役割を、今後は別の形で補う必要がある。
経営コンサルタントの視点では、この課題は「東京サンロッカーズを選ぶ理由」をどれだけ明確にできるかに集約される。どのような観戦体験を提供するのか。選手やファンとの関係にどのような特徴があるのか。渋谷で育んだ文化をどう継承するのか。ロゴや広告に加え、試合会場、地域活動、日々の発信を通じて、その違いを実感してもらうことが重要になる。72.9%が「渋谷らしさ」を残してほしいと答えたことは、既存ファンへの配慮とともに、差別化の手掛かりにもなる。
ただし、「渋谷らしさ」が具体的に何を意味するかは、この集計だけでは分からない。ファンが価値を感じている要素を対話で確かめ、新しい観戦体験へ引き継ぐ必要がある。クラブは渋谷区を「マザータウン」と位置付けている。この関係を地域活動や交流の継続によって具体化することは、従来の愛着を継承する一つの方向だろう。名称によって市場への間口を広げ、選ばれる理由をさらに明確にする。その両方が実現すれば、改称は成長につながる。従来の個性が薄れ、新しい独自性も伝わらなければ、認知が広がっても顧客の獲得や定着に結び付かない可能性がある。
アンケートのクロス集計結果からは、ファンによって変化の受け止め方が異なることも分かった。名称変更への肯定的評価は、ファン歴「1 年未満」の297人では64.3%、「7年以上」の 158人では36.1%だった。旧名称に愛着があった割合も、それぞれ50.2%と95.6%である。ただし、別区分の「Bリーグ開幕前から応援している」109人では、肯定的評価が49.5%だった。長年のファンほど一律に改称へ慎重になるとはいえない。応援を始めた時代やきっかけによって、名称の意味は違う可能性がある。
観戦頻度の見通しにも差がある。「1年未満」では71.4%が増加を見込む一方、「4~6年」では 44.3%、「7年以上」では42.4%が減少を見込んだ。新しいファンの来場が増える一方で、既存ファンの来場が減る可能性がある。総入場者数が増えたとしても、その内訳を確認する必要があるだろう。また、増えると答えた人の割合が減ると答えた人を上回るだけでは、総入場者数の増加は予測できない。従来何回来場していた人が、何回増減するのかによって結果は変わるからだ。
経営管理では、名称への印象、クラブへの支持、実際の顧客行動を分けて追うことを提案したい。「新名称への愛着は育っているか」、「会員は継続しているか」、「既存ファンの年間観戦回数は維持されているか」、「新しく来場した人は再び足を運んでいるか」。これらを確認して初めて、転換の成果を判断できる。併せて、「東京サンロッカーズを選んだ理由」を確認したい。独自の魅力が顧客に伝わり、実際の来場や購入につながっているかを追うことで、差別化の成果も評価できる。

今回の調査から、名称変更は成功しそうか。
筆者の評価は、「新名称の定着には前向きな見通しを持てる。事業としての成功には、観戦体験の改善、既存ファンとの関係維持、競合と異なる魅力の明確化が必要となる」である。新名称に今後愛着を持てそうな回答が約7割、応援継続意向が約97%あることは、心強い材料だ。観戦頻度が増えると見込む人の62.1%が「設備や観戦環境が良くなる」を理由に挙げたことも、新しい体験への期待を示している。
一方、観戦頻度が減ると見込む人への対応に加え、自由回答で指摘されたアルバルク東京との差別化にも向き合う必要がある。新名称への愛着が育つことと、数あるスポーツや娯楽の中から選ばれることは、それぞれ確かめるべき課題だ。
今回の調査は回答者の意識と将来の見通しを捉えたものであり、ファン全体の代表性や、名称変更だけの因果効果を保証するものではない。施設移転、価格、アクセスなどの影響も重なっているため、実際の来場・売上との照合が必要になる。
「東京」という名称は、成長の方向を示す看板になる。その価値を育てるのは、期待された観戦体験を提供し、来場の障壁を減らし、クラブならではの魅力を磨く経営である。渋谷で築いた関係と個性を新しい舞台へ引き継げるかが、成功を左右する。
浴野 真志(えきの まさし / Masashi Ekino)
株式会社Groovement 代表取締役
神戸大学経済学部卒業。デロイトトーマツコンサルティング、フィールドマネージメント(現:FIELD MANAGEMENT STRATEGY)にて、主にグルメサイト/エンタメ/化粧品通販などB2C領域におけるマーケティング戦略、新規事業の検討、各戦略の実行支援に従事。2021年に株式会社Groovementを創業し、フリーランスコンサルタント向けの案件紹介マッチングサービス「Strategy Consultant Bank」「IT Consultant Bank」、ハイクラス×DX特化のコンサル・スタートアップ転職支援「Groovement Agent」などを運営。
