試合やメディアでは表には現れることなく、クラブを裏方として支える人々にフォーカスしたインタビュー企画。今回は、日本バスケットボール界でプロクラブとして誕生し、強豪と呼ばれるまでに上り詰めた宇都宮ブレックスで営業チームのグループマネジャーを務める多田敦に話を聞いた。2025年6月期決算では営業利益を倍増させ、競技面だけでなく経営面でも成功を収めた宇都宮が地域に存在する価値について語ってもらった。

フロントスタッフにも宿る『ブレックスメンタリティ』

──まずは自己紹介をお願いします。

宇都宮ブレックスのビジネスセールスグループでマネジャーを務めている多田敦と申します。立命館大学では体育会男子バスケットボール部に所属しており、大半を学生スタッフとして活動をさせていただいておりました。就職活動を経て、組織人事コンサルティングを生業にしているリンクアンドモチベーショングループに入社しました。この会社が当時のブレックスの親会社だった繋がりで、2013年にグループ内で転籍をさせていただき、そこから丸13年、ブレックスの法人営業担当として働かせていただいています。

──宇都宮ブレックスに転籍するきっかけについて教えてください。

大学ではスポーツビジネスを専攻していたのですが、卒業論文の中でブレックスを一部取り上げさせてもらい、その当時に現代表の藤本(光正)にインタビューをさせてもらったことがありました。それから時が経って、2013年にブレックスが営業の増員を検討していた時に、私もスポーツビジネス界への転職に興味を持っていて、そのタイミングで藤本と再会する機会があり、私のことを覚えていてくれて、「同じグループの中で若くて活きのいい営業の人間がいるぞ」ということで、転籍のきっかけを作っていただき、今に至ります。

──クラブに転籍して驚かされたことはありますか?

当時はまだ発展途上のクラブだったので覚悟はしていましたが、営業の業務だけではなく、いろいろな地域活動への参加や会場の設営など、部署関係なくみんなが運営するためにひとつになって一生懸命やっていたことが、まずいい意味で驚きでした。もう一つは、それまではサービスや商品を扱って営業をしていましたが、プロスポーツクラブの営業の方法は、前職とは異なると感じました。企業にスポンサーになってもらうために相手のニーズを深掘りしてクラブに対しての期待値をつくっていく、我々を応援していただけるようになるために出来る取り組みを一緒につくっていくということが必要で、よりお客様に寄り添って営業するスタイルを身につけなくてはいけませんでした。

──具体的に相手のニーズに応えて行なっているアクティベーションはありますか?

首都圏に比べると栃木は関東の中でも地方に位置づけられると思うのですが、地方ならではの取り組みという部分では、年間約400〜500回の地域活動に取り組んでいます。その中の代表的な事例として行っている『栃木銀行 presents ブレックス・クリニックキャラバン』は先方の「地域の方々に栃木銀行に親しみを持ってほしい」という思いからスタートした取り組みです。オフシーズンに6回ほど選手が子供達に直接バスケットボールの指導をするために、宇都宮市だけでなく栃木県内にも赴き、後日栃木銀行の各支店でその様子を紹介する写真展を開催しています。そうすることで参加していただいたご家族の来店動機にも繋げてもらっています。これは、スポンサーと一緒に取り組むことができたブレックスらしい事例の一つではないでしょうか。

──スポンサー獲得のために大切にしていることはありますか?

やはりまずはスポンサー企業の皆さんにもブレックスファンであってほしいということですね。スポンサーシップ、アクティベーションがどんどん進化して様々なことができあがってきている中で、ブレックスをずっと好きでいていただくことが目標で、お客さまにとっての最初のきっかけになれば良いのかなとは思っています。

──営業をしていく中で、チームの象徴である田臥勇太選手や比江島慎選手を活用することは顧客獲得の最大の武器だと思います。

コロナ禍で集客が苦しい時も私たちは全社総動員で、街の至る所で試合のチケットを手売りしていました。招待券を配って集客することもできたのですが、それは私たちの方針とは違う。やはり自分たちの価値をつくるとか、伝えることが大事なんです。田臥選手のマインド、ルーズボールにも飛び込むプレースタイル、泥臭いことも一生懸命に取り組む姿勢がブレックスのカルチャーとなって『ブレックスメンタリティ』を形成しています。フロントスタッフもそれと同じ精神でやらせてもらっています。

先人が紡いでくれた素地があるからこそ成り立っている

──Bリーグが発足して日本のバスケットボール界も急激な成長を見せています。営業にとってもこの進化のスピードは有利に働いていますか?

Bリーグができてからの10年間は想像を超えるスピードで規模が拡大して人気が出ていますし、私も大学まで選手をしていたので今の選手の成長曲線も大きくなってきていると感じています。もちろんこの外部環境の変化は大きいですが、ブレックスの場合は、クラブの立ち上げからこれまでの間で、多くの先人が紡いでくれた素地があるからこそ、この加速度と掛け算が成り立っていると思います。

──数字的な部分で2025年6月期の決算では営業利益が前年度の7400万円から1億7700万円へと倍増しています。これも恩恵を受けているのでしょうか?

この数字で話すといくつかの優勝賞金なども入っていますし、試合のチケットもソールドアウトが続いたこと、比江島選手や若手選手のグッズの売り上げが伸びたことも要因で、スポンサー営業のみならず複合的に利益の増加が見込めた結果だと思います。営業利益を上げるためには営業チームが頑張れば良いということではなく、他部署との連携がなければ成り立ちません。スタッフ全員で価値をつくってきていることが最終的に『売上』という形で表れているので、他部署との連携は重要ですし、彼らがいないとこの業績は成り立っていないと考えています。

──多田さんが考える宇都宮ブレックスの存在価値とは?

私は栃木県の生まれではないのですが、宇都宮に住んでもう13年になります。愛着はもちろんありますが、栃木県の方々にブレックスを通じて郷土愛が生まれてくれたらうれしいと思っています。私がブレックスで営業を始めてすぐの時に、営業先の方が試合を観戦しにいらっしゃってくれました。私たちのホームゲームでは、ファンの方々が「レッツゴー栃木!」と声を出して応援するスタイルがあるのですが、その方がそれを聞いた時に、「栃木の名前を普段はなかなか口にすることはないから、あらためて自分は栃木県生まれで、今も栃木県民として暮らしていることを再認識した」という話をしていただいたことがあります。スポーツチームというのは、自分のルーツとかアイデンティティという部分に寄与する存在であると思わせてくれた出来事でした。