文・写真=小永吉陽子

「来シーズンのための準備期間」だったゴンザガ1年目

日本人として初のNCAAファイナルの舞台に立った八村塁がこの夏、U-19代表のエースとしてワールドカップに挑む。

八村のこの1年は環境が激変する中で、高いレベルで揉まれる毎日だった。NCAAの規定となる成績を猛勉強によってクリアし、メンバー登録が決まったのは開幕直前。語学力が不十分なために、初年度はメンバー登録外となって学業に専念することも考えられたが、ユニフォームを着てバスケにも学業にも励むと決めたのは自分の意志だった。「たとえ試合にあまり出られなくても、試合に向けて気持ちを作ったり、準備することを忘れたくなかった」のがその理由だ。

実際、シーズン中の八村はチームのシステムを覚えることが先決で、プレータイムは短かった。それでも八村はゴンザガでの1年目に確かな前進を感じている。大接戦となったノースカロライナ大とのNCAAファイナル。終盤にチームがファウルトラブルに陥ったときに八村は「試合に出る準備をしろ」とヘッドコーチから告げられていた。

「結果的に出番はなかったんですけど、ファイナルの大事な場面で試合に出る準備をするのは、普通の試合では経験できないことなので自信になりました。来シーズンにつなげる準備の年にすることが今年のテーマだったので、それはできたと思います」という手応えを持って1年目を終えたのだ。

そして今度は自分が主役になる時がやってきた。U-19ワールドカップで日本のエースを務めるのは他の誰でもない、八村塁なのだ。

試合勘は心配なし、ケミストリーには細かな課題

6月4日、沖縄で公開されたチェコU-19代表との試合。この試合で八村は、3ポイントシュート3本を含むチームハイの24得点をマークし、91-52で快勝する原動力となった。チェコは実際には18歳以下のメンバーが来日し、実力的には格下となるチーム。しかし日本では経験できない高さがあるため、慣れるという点では有意義な対戦相手だった。

そんな相手に対し、八村は内外角を自在に攻めることで日本のリズムを作り出す。リバウンドを取って、そのまま走って豪快なダンクをぶちかましたシーンでは会場を大いに沸かせた。

「こんなに長い時間、試合に出るのは高校3年のウインターカップ以来。僕自身、試合勘がないことをずっと心配していたんですけど、やっぱり試合感覚は覚えていて、思ったより大丈夫でした」

八村が加わったチームは、昨夏のU-18の頃から比べるとオフェンスのオプションが増え、一回り成長していることは確かだ。ただ、ヘッドコーチのトーステン・ロイブルいわく「八村はまだケミストリーの面で細かい課題がある。あと2~3試合こなすことが必要」と現状を見ている。日本は決戦の地であるエジプトへ入る前に、ドイツに渡って強豪のドイツU-19代表と2試合行う。そこでの実戦が重要になるだろう。

主将の三上「塁は勝つためにやるべきことを知っている」

課題がある一方で、短期間でチームのシステムを理解しているという点で、ロイブルHCは合格点を与えていた。「とても賢い選手。まだ完全にリズムに乗れていない状態でもチームワークを壊すことなく動けることが彼の強み」

そうなのだ。ゴンザガではコートに立てばパワフルなプレースタイルでアピールしていたが、バリエーション豊かなフィニッシュや、状況に応じてプレーを選択できる柔軟性こそが、八村の本来の持ち味である。初めて組むチームメートたちも、その対応力の高さには驚いていた。

「もっと『自分が自分が』と我の強いプレーをする選手だと思ったら、全然そうではなくて、むしろ合わせてくれて、僕らの足りないところを補ってくれる」(増田啓介)

「中も外もできて周りを生かすことができるし、チームに入ったばかりなのに安心感を与えてくれるのがすごい」(杉本天昇)

そんな中、明成高で苦楽をともにしてきた三上侑希は、もう一歩、踏み込んだ手応えを得ていた。チームメート同様、プレーの面では何も心配していない。キャプテンとしては、何よりもコミュニケーションを一番考慮していた。

「このチームで塁と話をしたことがあるのは自分だけなので、すぐにチームに馴染めるか心配だったんです。でもそんな心配は全くいりませんでした。塁のほうからみんなに話しかけて良い雰囲気を作っているし、率先して盛り上げてくれる。チームが勝つために何をすればいいのか分かっているんですよね。きっとゴンザガでも、苦労しながら仲間とコミュニケーションを取っていたんだと感じました」

海の向こう、ゴンザガの試合中継を見るたびに、誰よりもベンチで盛り上げている八村の姿を目撃した人は多いだろう。コートを離れれば、チームメートから「よくしゃべる日本人」と言われるまでになった。最初は積極性が足りないと見られていたが、いつしかゴンザガに馴染むことができたのは、八村の言う『試合に臨むための準備』をしてきたからだ。チームが勝つために自分がやれることをする。それが異国の地からやって来た日本人が、ゴンザガの一員として信頼を得るための行動だった。

もう一つ加えて三上は言う。「僕らのほうこそ、塁がやりたいプレーを知ってもっと生かしてあげなきゃいけない。それができれば、僕たちはもっと強くなれる」

公式戦への飢え、今こそ存在感を証明すべき時──

八村は5月までの春学期で規定の成績を残したことで、U-19代表に合流することができた。ただし、「7月からパソコンを使ったオンライン授業が始まるので、大会中も授業を受けなければならないし、大会後にはすぐにアメリカに戻って勉強しなくてはならない」と自身の置かれた状況を話す。学業との両立は、今もこの先も続く課題だ。そんな次から次へとタスクが課せられる中にあっても挑戦したいU-19ワールドカップとは、八村にとってどんな舞台なのか。

「やっぱり公式戦からずっと離れているので、『八村はどこに行ったのか?』と思っている人が多いと思う。僕も2年くらいみんなの前からいなくなった感じがしているので、そう思う人たちにもう一度、僕がいることを知らせたい。このワールドカップで、僕も日本もやれるところを見せたい」

実際には、NCAAトーナメントに出場している八村は公式戦から2年も離れてはいない。もちろん彼の言い分は「自分がチームの中心になって」という意味を指す。

日本には増田、三上、西田、杉本と、八村以外にも得点に絡める選手がいる。加えて八村は周りを生かすことも得意だ。だが、世界中の強豪が集うワールドカップで八村に求められるのはエースとしての姿。3年前、得点王になったU-17世界選手権がそうであったように、チームが困った時こそ「自分がやってやる」という姿勢で戦うことが、ゴンザガでのこれからにも、日本の未来にもつながっていくのだ。八村塁の存在を証明する夏がもうすぐやってくる。