「私からではなく球団から発表すべきだろう」
バックスはレギュラーシーズン最終戦となった敵地でのセブンティシクサーズ戦に106-126で敗れた。結局、3月中旬に膝を痛めたヤニス・アデトクンボが復帰することはなく、エース不在のラスト15試合で4勝しか挙げられなかった。
貯金があったのは開幕から3週間だけ。11月に7連敗を喫して借金生活に入ると、もう浮かび上がることはできなかった。アデトクンボは36試合にしか出場できず、シーズン終盤にはケガの管理についてスタッフと意見が食い違ったことでチームに不協和音を生み出す結果となった。
強行出場を望むアデトクンボと、そうはさせたくないフロントの間で、ヘッドコーチのドック・リバースは板挟みになるかと思いきや、「私はかかわりたくない」と逃げた。この時点で、もうバックスの指揮を執る意欲はなくなっていたのだろう。最後の数試合は実質的な采配をアシスタントコーチのダービン・ハムに任せていた。
シクサーズ戦を終えた会見で進退を問われたリバースは「すでに話し合いは済んでいて、近いうちに発表がある。私からではなく球団から発表すべきだろうが、皆さんのご想像通りだよ」と退任を暗に認めた。
リバースがバックスのヘッドコーチに就任したのは2024年1月のこと。エイドリアン・グリフィンを招聘して2023-24シーズンをスタートさせ、30勝13敗で東カンファレンス2位と結果を残していた状況での指揮官交代だった。これは、新人コーチだがあふれんばかりのアイデアでチームを刷新しようとしたグリフィンに、アデトクンボを含むベテランが反発した結果だと見られている。
そうした経緯により、『現状維持』のコーチとしてリバースは迎えられたのだが、2021年の優勝からすでに3年が経過し、ロスターの老朽化が進む中で優勝を期待されるのは厳しかった。結局、リバースが率いた3シーズンは2年連続で若きペイサーズ相手にファーストラウンド敗退、そして今回はプレーイン・トーナメントにも進めなかった。
「私個人としては、この挑戦を楽しんでいたよ」とリバースは言う。「望んでいた結果を出すことはできなかったし、個人的にももっと良い仕事ができたと思う。チームの健康状態が良ければ期待以上の結果を出せると考えていたが、そうはならなかった。それでも、私は過去を振り返るのではなく前を向き、チームを引き上げるために多くのことを試した。今シーズンの若手の成長はその成果だ」
リバースは1999年からNBAでヘッドコーチを務め、64歳になった。「これまでとは違う形でチームにかかわるかもしれないし、現場からは離れるかもしれない」と彼は進退について語り始めた。「選手を指導するだけでなくコーチを育成したり、バスケ界に貢献できる方法はまだあると思う。私はまだバスケを愛しているし、この競技を支えていきたい。私に限らず多くのコーチが知恵や経験を持っており、それがバスケ界をさらに良いものに発展させられると思っている」
失意のシーズンが続いたことで、アデトクンボとバックスの関係は良好ではなくなっている。「彼のためにも、バックスのためにも、その関係は良い形で終わってほしい」とリバースは言った。「ヤニスはこの球団にタイトルをもたらした。それは今後どうなろうと決して忘れ去られてはいけない。私は多くのスター選手を指導してきたが、人間性という面においてヤニスはトップに位置している。善良な人間には報われてほしいと思うものだよ」
そして彼もまた『善良な人間』であろうとしてきた。「キャリアを振り返るのはまだ早い。ただ、『善良な人間だった』と記憶されれば幸いだ。指導した選手たちの人生を良い方向に変えることができたら、それで十分だよ」
