東京成徳大

東京成徳大学の小林康裕コーチは元々同校の男子部コーチとして指導に燃えていたが、2020年、突然女子の指導に転身することになった。偉大な指導者たちが築き上げた名門を引き継ぐ重圧と戦った過去を経て、今は「自分だからこそできること」を模索。「他者貢献」「日本一素敵なチーム」というテーマを掲げ、部員たちと共にそれを体現しようとしている。

部員5人のチームを都16強まで引き上げる

──まずは教員・コーチになるまでの経歴について簡単に教えて下さい。

県立鹿沼東と立正大でプレーし、卒業後は地元栃木の私立高校に1年間勤めました。その後、バスケットボールの指導に打ち込みたいと恩師の千村隆先生(現県立宇都宮工業)に相談をしたところ、「東京成徳の男子が指導者を探しているらしいがどうだ?」とご紹介いただきました。失礼ながら当時は「成徳に男子部なんてあるの?」くらいの認識でしたが、すぐに行くことを決めました。

──小林コーチが指導に入られた当時、男子部はどれくらいの成績だったのですか?

僕が入職した頃は部員が5人しかいませんでした。もちろん特待や推薦もなかったので、とにかく頑張る選手たちを集めて「『勝ちにこだわる』ってことをどのチームよりも必死にやろうぜ」というアプローチで指導をしていました。中体連の試合に行って、顧問の先生に「あの選手に一度練習に来てほしい」とお願いしたり、あちこちの中学校に行って練習ゲームをしたりしているうちに、だんだんと選手が集まるようになり、実力と評価もついてきて、部員が40人を超え、都の16強まで進めるようになりました。

──部員5人から東京都16強。すごいことです。

うれしかったエピソードがあります。都大会でたまたま八王子学園八王子さんと対戦させていただいて、当たり前のようにけちょんけちょんに負けたんですが、試合後、当時チームを見られていた石川淳一先生が「面白いバスケをするね。今度うちに練習しに来いよ」と声をかけてくださったんです。

──石川コーチは小林コーチの指導の何が面白いと思われたんでしょう?

ご本人に確認したわけではないので正解は分かりませんが、あの時は「八王子を困らせるにはどうしたらいいか」しか考えていなかったと思います。せっかくの機会なんだからと徹底的に分析して、相手が少しでも「あっ」て思うようなことをやらなきゃなと思って、ディフェンスの切り口を毎ポゼッションのように変えたりして。そういうところを面白いと思っていただいたのかもしれません。

東京成徳大学

「なんで俺なんだ?」から「自分だからこそできることを」へ

──そのようなスタートから10余年を経た2020年、女子部の指導に携わられることになります。どのような経緯だったのでしょうか。

それまで部を指導されていた遠香周平先生(現部長)が「そろそろ後任を立てたい」ということで、僕に声がかかりました。ただ即答はできませんでしたね。男子をもっと強くしたいという思いが強かったですし、全国で勝つのが当たり前の女子をまったく実績のない自分が指導するわけですから。1カ月ほど考える時間をいただきました。「なんで俺なんだろう?」という思いを抱えながらいろんな方に相談すると、みな「そんな機会は誰にでもめぐってくるものじゃないから、前向きに考えたほう良い」という返答でした。正直プレッシャーは相当に強かったですし、それは今でも変わりませんが、最終的に「一生懸命務めさせていただきます」とお返事させていただき、2020年にアシスタントコーチ、2021年よりヘッドコーチとなりました。

──東京成徳は武井宏允コーチからその教え子の下坂須美子コーチ、下坂コーチから付属中を強豪に成長させた遠香コーチという名指導者の系譜を持つチームです。そのようなチームを預かるにあたり、どのようなことを考えられましたか?

まずはこれまでの伝統を大切にしようと。勝者のメンタリティと言いますか、女子部の手を抜かず頑張り切る姿勢、細かいところを徹底する姿勢は、男子部から見ていてもやはりすごいものがありましたから。ただ、世の中もバスケットも日々進化しているので、変えるべきだと思ったものは変えようというスタンスでチーム作りを始めました。幸い、下坂先生も遠香先生も「思うようにやりなさい」と言ってくださいました。恩師から教え子へと指導が引き継がれていく伝統校がほとんどの中、僕のような立場の人間がそれを引き継ぐことは珍しいと思います。だからこそ、自分にしかできないことを探しながらやっていこうというスタートでしたね。

まずは、男子を指導していた頃から大切にしてきた「人を育てる」というところにフォーカスしました。全国常連の集団としては生活態度が少しゆるいと感じていたんです。厳しく監視するわけではないですが、生活態度もチームの強さに繋がると思っていますし、伝統校だからこそ応援されるチームにしたかったんです。加えて、僕は「他者貢献」という言葉を大切にしていて、生徒たちにも「人のために行動したことは最後に必ず絶対に自分に返ってくる」と常々話しています。部員たちにも「この環境だからこそできる他者貢献を探していこうよ」ということを日々問いかけるようにしています。

──他者貢献という言葉に出会ったのはいつごろですか?

いつでしょうね……かつて実家が自営業を営んでいたので、両親たちの姿を見ているうちに、人をおもてなしすることや喜んでもらうことの大切さが自然と身についたのかもしれません。そういう姿勢をウチのような伝統校が大切にすることで、世の中にそういうことの大切さが伝播していったらうれしいですよね。今はそういう生き様を見せながらバスケットでも成果を出すぞ、というスタンスです。