
ネノ・ギンズブルグ前ヘッドコーチの解任によってシーズンの途中でアシスタントコーチからヘッドコーチに就任、チームを任されることになった勝久ジェフリーヘッドコーチ。目指すべきチーム像について語ってもらった前編に続いて、後編ではコミュニケーションの重要性について語ってもらった。その背景には勝久ヘッドコーチの指針となっている過去の経験があった。
勝久ヘッドコーチだからこそのコミュニケーション
──勝久ヘッドコーチが一番大事にしていることは何でしょうか?
一つの方向を向いて全員で同じゴールに向かって100%コミットして戦い、絶対にあきらめないチームを目指すということです。
──求めるチームを体現していくためにはコーチだけの力では難しいと思います。チームの長い歴史を知る篠山竜青選手や長谷川技選手に求めることはありますか?
リーダーシップを言葉や行動で求めています。このチームが強かった時のことを知っている選手なので、当時はどういう会話が行われていて、どういった練習の雰囲気があったのか、ロッカールームのムードはどうだったのかというのを、このバイウィーク期間中に2人が示してくれていたと思います。
──そんな2人を含め、選手とはヘッドコーチになってから話をしたのでしょうか?
僕がヘッドコーチに就任したタイミングは連戦中で一人ひとりと長い会話をするチャンスがなかったので、バイウィーク期間中にまず着手したことは面談です。選手だけでなくチームスタッフともミーティングを重ね、お互いの共通理解を深めていく作業をしました。僕はコーチとしての立場で物事を見ているので、選手が感じることや捉え方は人それぞれ違います。チームが何を目指していて何をしようとしているのか、14人が同じページにいるのか、何が足りないのか、どうやってバスケットに取り組んでいるのか、互いに意見交換をして選手からもアドバイスをもらうことがある有意義な時間になりました。
──具体的にもらったアドバイスとは?
この選手はどうやって学ぶのが一番効率が良いのか、ということを聞くことができました。「僕はどんどん励ましてほしい」「厳しく言ってほしい」「映像を見るよりも実際に身体を動かしたほうが習得しやすい」など、その選手に合ったコミュニケーションの取り方を知ることができました。
──コミュニケーションを取る上で大切にしていることはありますか?
なるべく正直に伝えるようにしていますが、チームのことを思って話しているということ、話しているその選手の成長のことを思って伝えているという本質が伝わらないと良いコミュニケーションが生まれません。そのためにも信頼関係を構築するベースのコミュニケーションを意識しています。
これは今シーズンに限ったことではありませんが、アシスタントコーチだった時に「ヘッドコーチから求められる役割がわからない」という言葉を選手から受けたことがありました。その時はアシスタントコーチとしてアドバイスしつつも「自らヘッドコーチに聞きにいくことも一つの手」と伝えたこともありますが、選手は「求めた答えと違う言葉が返ってくるのではないか?」「話したことでどうやって思われるのだろう?」と考えているようでした。この経験を踏まえて、僕は自ら積極的にコミュニケーションを取って、選手が話しやすい環境を作ることを意識しています。
──勝久コーチはバイリンガルですが、これまでに選手とコーチの間での言語の壁を感じたことはありますか?
もちろん共通言語があればベストですが、分かち合おうという気持ちがあれば言語はベースラインレベルでそこまで必要じゃないと思いたいです。伝えたいという気持ちがあって、聞く側もそれにしっかりと耳を傾ける。言葉が英語でも日本語でもお互いの目を見て話せば通じ合う部分は絶対にあると信じたいほうなので、誰かが通訳をして伝えなくてはいけないというのはネクストステップかなと思いますし、それができるグループになれると思っています。僕はたまたまどちらの言語も喋ることができますが、お互いが同じ言語を喋っていなくとも積極的にコミュニケーションをとっていってほしいです。
これからもチームには間違いなく試練が待ち受けていると思います。そうなった時にこそコミュニケーションを取り合ってお互いに理解し合い、同じ目標に向かって前に進むことができればすごく良いチームになると思うので大事にしていきたいです。

過去の経験を今に繋げていくこと
──これまでもヘッドコーチの経験があります。過去の経験で生かしたいことはありますか?
直近のサンロッカーズ渋谷での経験は自分にとって必要なモノだったと言えます。その時の僕のマインドは目先の勝利にすべてが注ぎ込まれていて、「自分が何のためにコーチングをしているのか」という原点を見失っていました。改めて見つめ直した時に明確になったのが、一つは「バスケットが大好き」、もう一つは「人のために何かをしたい」ということ。僕は小さい頃からいろいろなコーチや先生に恵まれて、良い影響を与えられて育つことができました。自分がいつかどこかでそれを他の人のためにできたらという気持ちを持っていて、それが今は大好きなバスケットでできている。そういった経験は人生の中で何回経験できるかわからないので、それを絶対に忘れないようにしたいと決意しました。そのSR渋谷での経験がなかったら今の自分はいないと思います。
リーグが大きく成長して注目度が上がり、素晴らしいコーチたちが海外からやってきて、選手のレベルもどんどん上がっています。「勝たないといけない」というプレッシャーは大きくなっていますが、その中で成長をさせてもらっていると感じています。昨シーズンもシーズン終盤に代行という形で久しぶりにヘッドコーチを務めさせてもらった時に、短期間で自分のことをたくさん見つめ直さないといけない機会をいただきました。プレッシャーも多く、大変だったけど、この数年の中で急ピッチで成長しなくてはいけなかったということや、人として自分を見つめ直さないといけないと考えさせられました。でも「こんな経験をさせてくれる仕事はないな」と思えているからこそ、その原点を今は見失ってはいけないというのが過去から学んだことだと思います。
──とても大事な考えにたどり着くことができた経験でしたね。
今もチームとしては苦しいスタートを切っていて、これからも試練は多いと思いますが、自分としては選手や一緒に仕事をしているスタッフには充実した毎日が送れるようになってほしいですし、成長していただきたいです。
──今、この状況を楽しめていますか?
日によります(笑)。本当にどストレートな答えですが「なぜコーチングしているのか?」というのを振り返った時にブレずにコーチングができたり、コーチングが上手くいかなかった日でも「これだけまだ教えることがある」「突き詰めていくチャンスがある」と考えられた時は楽しいです。でも目の前の勝利が大きいモノになったり、プレッシャーを感じる時はもう一度自己分析をして立ち帰ります。その時は「楽しい」という言葉には当てはまらないかもしれないですが、最高のチャレンジができていると思っています。
──クラブはチャンピオンシップ出場を目標に掲げています。
一つひとつの試合に勝つための最善の準備をする。それが我々のプロとしての仕事ですし、それを目指してる姿勢をファミリー(川崎ファン)の皆さんは観に来ています。そこは絶対にどんなに苦しい状況でも目指すモノであり、我々が毎日の練習から意識しなければいけないことだと思います。ですが勝利は保証されたモノではないです。重要なことは我々が最終的に「すべてを出し切った結果なのか」ということです。負けを振り返った時に「全部出し切れていた」「準備を怠らなかった」「戦う姿勢があった」そういった部分を見せることが重要で、勝った場合ももちろん同様です。もし試合のスコアが隠されていて、勝ったチームがどちらかわからない状況だったとしても、選手のパフォーマンスを観た皆さんが喜んで帰ったのか、それとも「こういうチームを見に来たつもりはない」と帰っていくのかで大きく変わります。勝ち負けは結果なので、そこにフォーカスしすぎるのはチームとして良くありません。
勝つために最善の準備をして、自分たちがコントロールできることをしっかりとやった先に結果がついてくる。プロセスに集中することが重要で、勝つチャンスを1%でも上げることを怠ってはいけません。ただ「喜んで帰ってもらう」「感動を与える」ではなく、勝つための意図あるプロセスを一つひとつ大事にすることを忘れずに戦っていきます。